あかはなそえじ先生の院内学級の教師として学んだこと「第62回」
院内学級の教師として、赤鼻のピエロとしてかかわるなかで、笑顔を取り戻し、治療に向かう意欲を高めていく子どもたち。その経験をもとに、子どもとの接し方や保護者・家族とのかかわり方、院内学級の必要性、教育の重要性などについて語ってくれます。
立体的にふれる
いつも通っている整体の先生にからだをほぐしていただきました。ただ、その日はとてもつかれていて、私の身体はガチガチでした。
先生はいつものように入念にほぐしてくれましたが、なかなかい痛みに届いていないようです。身体の表面だけふれられているようでしたし、私自身も、自分のからだのどこがいたいのか、こっているのか、よくわからない感じがありました。
すると先生は、私が伝えていたポイントからはなれた部位をほぐし始めました。ていねいに、ていねいに、何度も行ったり来たりしながら。そうしたら、先ほどまで自分も感じられなかった、自分のからだの感覚がわかるようになってきたのです。
本当にしんどいときは、自分のどこが、どのように痛いのか、よくわからない状態にあるのだなあと、このとき再確認できました。
先生に「どこが痛いのか、自分でもよくわかってきました」と告げたところ、「はい、では、そろそろ横を向いてください」との指示がありました。ふだんはあおむけかうつぶせなのですが、この日、初めて横向きでほぐしが行われたのです。
すると、からだの上からふれられているのに、おくの臓器にまで手が届いているような感じがしたので、それをお伝えしたところ、「横を向いたので、立体的にからだにふれました」と教えていただきました。
たくさんの「ふれる」
よく「子どもにふれることが難しい」という質問をいただきます。
保護者や先生方に「子どもにふれるということにも、たくさんの方法がありますよね」とお話しすると、ちょっと不思議な顔をされることがあります。たぶん「からだにふれる」という質問だったからでしょうか。
「ふれる」には、もちろん「手でふれる」があります。でも、それだけでなく「目でふれる」「声でふれる」「表情でふれる」「ふんいきでふれる」「空気でふれる」など、たくさんの「ふれる」があります。
さらに、私たち教師は、子どもたちの「知性にふれる」ということも大切にしていかなければならないと考えます。
前回の、秩父神社の「親の心得」がとても参考になるという話。
「赤子ははだ、幼児は手、子どもは眼、若者は心」でしたね。
まさしく
「はだにふれる」
「手にふれる」
「目にふれる」
「心にふれる」。
このふれ方を、子どもや相手の状態、状況に応じて行っていくことが、大切だと考えます。
これらも「立体的にふれる」ことなのかもしれません。
Information
「あかはなそえじ先生のひとりじゃないよ」
四六判・全248ページ
1400円+税
学研教育みらい刊
昭和大学大学院保健医療学研究科准教授、昭和大学附属病院内学級担当
1966年、福岡県生まれ。東京都の公立小学校教諭を25年間務め、
1999年に都の派遣研修で東京学芸大学大学院にて心理学を学ぶ。
2006年より品川区立清水台小学校教諭・昭和大学病院内さいかち学級担任。2009年ドラマ『赤鼻のセンセイ』(日本テレビ)のモチーフとなる。2011年『プロフェッショナル 仕事の流儀「涙も笑いも、力になる」』(NHK総合)出演。2014年より現職。学校心理士スーパーバイザー。ホスピタルクラウンとしても活動中。