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コラム・マンガ

子どもの「表現」のちからを信じて 前編

子どもの「表現」のちからを信じて 前編

あかはなそえじ先生の院内学級の教師として学んだこと「第64回」

院内学級の教師として、赤鼻のピエロとしてかかわるなかで、笑顔を取り戻し、治療に向かう意欲を高めていく子どもたち。その経験をもとに、子どもとの接し方や保護者・家族とのかかわり方、院内学級の必要性、教育の重要性などについて語ってくれます。

生きることはきくこと、伝えること 

今から約6年前の話ですが、宮城県仙台市で「日本重症(じゅうしょう)心身障がい学会」が行われ、特別講演に登壇(とうだん)させていただきました。 

仙台市在住の大越桂(おおごえかつら)さんと私による対面形式での講座でした。 

大越さんは、脳性まひや弱視などの障がい、病気と折り合いをつけながら生きてこられた、重症(じゅうしょう)心身障がい者です。 

みなさんは、重症(じゅうしょう)心身障がい者と聞くと、どのようなイメージをもちますでしょうか。病院とつながっていなければ、生きていくことが難しい人たちです。ねたきりだったり、人工呼吸器が付いていたり、会話をすることさえ難しかったりします。そんな人たちです。 

そのような状態にある大越さんが、伝えてくれたことがあります。 

「自分は、周りの人が思うよりわかっているのに、うまく伝えられない。私はまるで海の底の石だった」 

大越さんは手術を受けた13さいのときから、サポートの先生の指導のもと、筆談を始めました。講演会では、大越さんがお母さまの手のひらに字を書いて会話をされていて、その思いを私たちに伝えてくれました。 

「生きることを許され、生きる喜びが少しでもあれば、石の中に自分が生まれる」 

人は表現をしないからといって、決して「内的世界」がないとはいえないのですね。伝える方法があれば、その人の豊かな「内的世界」にふれることができることを、教えていただきました。 

「生きる」を受け取る

病院の中でも、重症(じゅうしょう)心身障がいの子どもたちに出会います。 

そんな子どもたちのほとんどは、特別学校で教育を受けています。子どもが家にいるときには家に、病院にいるときには病院に、担任の先生が来てくれます。 

訪問部の先生方が大きな荷物をかかえて、病院に来てくれるのです。いわゆる「訪問教育」ですね。子どもたちはもちろん、保護者の方も楽しみにしていることが伝わってきます。子どもたちにどうかかわっているのか、そばで見させていただいことがありました。 

手が思うように動かせなかったり、声が出せなかったり、姿勢が保てなかったり、ベッドから動けなかったり。そんな子どもたちとこんなふうに学習するんだ、こんな作品を作るんだ、こんなかかわりをするんだ……。 

特別学校での教員経験がない私は、それから訪問部の先生方にお会いできる日を、とても楽しみにしていました。 

訪問部の先生が来られない日には私が病院に行って、本を読んだり、歌をうたったりしていました。 

後編では、詩をもとに子どもの表現を受け取ることの難しさや大切さについて学んだことをお伝えします。
それではまた。

Information

「あかはなそえじ先生のひとりじゃないよ」
四六判・全248ページ
1400円+税
学研教育みらい刊

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あかはなそえじ先生・副島賢和(そえじま まさかず)

筆者:あかはなそえじ先生・副島賢和(そえじま まさかず)

昭和大学大学院保健医療学研究科准教授、昭和大学附属病院内学級担当 1966年、福岡県生まれ。東京都の公立小学校教諭を25年間務め、 1999年に都の派遣研修で東京学芸大学大学院にて心理学を学ぶ。 2006年より品川区立清水台小学校教諭・昭和大学病院内さいかち学級担任。2009年ドラマ『赤鼻のセンセイ』(日本テレビ)のモチーフとなる。2011年『プロフェッショナル 仕事の流儀「涙も笑いも、力になる」』(NHK総合)出演。2014年より現職。学校心理士スーパーバイザー。ホスピタルクラウンとしても活動中。

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