学研の俳句おにいさんが解説 読解力が伸びる! 親子で味わう俳句 第20回
28歳の若さで学研の編集者と俳人、2つの顔をもつ中西亮太が、毎回オススメの季語と俳句を紹介していくこのコーナー。
今年も梅雨がやってきました。この季節に特に楽しいことの一つに、かたつむりの観察があります。形も動きもかわいいかたつむりですが、俳句では、夏の風情として描かれているようです。
第20回 今日の季語「かたつむり」(夏)
かたつむり甲斐も信濃も雨のなか
(かたつむり かいもしなのも あめのなか)
飯田龍太(いいだりゅうた)
昔を想像しながら
いま、日本は都道府県で区分されていますが、かつて「国」で分けられていた時代がありました。この句にある甲斐国(かいのくに)は現在の山梨県、信濃国(しなののくに)は長野県のことです。この句からは、隣り合う二つの国を覆(おお)う大きな雨雲が想像できます。
このとき、「かたつむり」という季語から梅雨(つゆ)を連想する人も多いはずです。長雨がしとしとと降って湿度が高く、真夏ほどの暑さではないものの、動けば汗をかくような季節です。
また、作者は「甲斐」「信濃」というかつての国名を使うことで、読者に「昔」を想像させようとしたのではないかと思います。甲斐と信濃を行き来するためには、日本アルプスを成す山々を越えてゆかねばなりません。昔の人びとは歩いて山を越えていたのでしょう。こうした昔に思いをはせることで、うっそうと茂る山道、雨でじっとりとした空気、かたつむりが目につくほどに誰にも会わない孤独感といったものが連想できるような気がします。
このように解釈してみると、ゆっくりと歩むかたつむりの姿は、山道を一歩一歩進んだ昔の人びとを表しているようにも感じられますね。
俳句のキーワード「文人俳句」
文人俳句とは、俳句以外の文学・芸術で主に活躍する人が作った俳句のことを言います。有名な文人俳句として、次のようなものがあります。
菫程な小さき人に生れたし(すみれほどな ちいさきひとに うまれたし)
夏目漱石(なつめそうせき):小説家
木がらしや目刺にのこる海のいろ(こがらしや めざしにのこる うみのいろ)
芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ):小説家
哲学も科学も寒き嚔哉(てつがくも かがくもさむき くさめかな) *くさめ…くしゃみ
寺田寅彦(てらだとらひこ):科学者
夏目漱石は、『吾輩(わがはい)は猫である』や『坊っちゃん』『こころ』などで有名な日本を代表する小説家です。漱石は、小説を書く前から俳句を詠んでいました。近代俳句の祖である正岡子規(まさおかしき)と大学時代の同窓で、仲が良く、影響を受けていたようです。(ちなみに、「漱石」という名前は子規からもらったペンネームです。)
文人が作る俳句と、俳人が作る俳句とを、わざわざ区別する必要はないかもしれません。「いい俳句」であれば、誰が作ってもその価値は変わらないはずです。とはいえ、文人俳句に触れることで、「こんな有名人も俳句を作っていたんだ」と、俳句により親しみを感じてもらえるような気がします。
中西亮太の「学研の俳句おにいさんが解説 読解力が伸びる! 親子で味わう俳句」は、第1・第3水曜にお届けします! 次回もお楽しみに♪
中西亮太(なかにし りょうた)
1992年生まれ。株式会社学研プラスの編集者。大学生のとき、甘い考えでうかつに俳句をはじめる。過去に、第14回龍谷大学青春俳句大賞最優秀賞、NHK-Eテレ「俳句王国がゆく」出演など。「艀」(終刊)を経て、「円座」「秋草」現代俳句協会所属。俳句とは広く浅く長く付き合いたいと思っている。夏の作品に〈浅黒き十指李(すもも)を並べけり〉。