子どもたちの脳の健やかな発達のために(前編)
医師であり、脳研究者である瀧靖之先生のお話を2回に分けてお届けします。前編は、子どもたちの学力を伸ばすために「知的好奇心」と「自己肯定感」がいかに重要か、それらを高めるためにはどうすればよいのかについて、脳科学の観点から教えていただきました。
子どもたちの自己実現が、日本全体の幸せにつながる
私は医師・脳研究者として脳の発達の研究をやっていますので、子どもの脳がどのように発達するのか、どのような習慣や環境が脳の発達にプラスになるのか、といったことをお話ししたいと思います。
私の研究のいちばんの目的は、「子どもたちの自己実現」だと思っています。子どもたちが自己実現することが、結局は日本全体の幸せにつながると考えるからです。
では、自己実現のためになにが大切かというと、学力は、すべてとは言いませんが、職業選択の際に一つの重要な要素にはなってくると考えます。
脳には能力を伸ばすのに最適な時期がある
子どもの脳は、すべての領域がいっぺんに発達するわけではありません。大まかに言うと、脳の後方の視覚や聴覚をつかさどる領域から、前方のより高次な認知機能をつかさどる前頭葉などの領域に向かって発達が進みます。その過程を考えると、何歳ごろに、どのような働きかけをすればさまざまな能力を効率よく獲得できるのかが、科学的に見えてきます。
まず、生まれてからしばらくの間は、感覚に関わる脳の領域の発達のピークです。笑顔で赤ちゃんをぎゅっと抱きしめながら目を見てたくさん語りかけるというようなことが、感覚、聴覚や視覚を司る脳の発達をうながします。こうして信頼感を育むことが、子どもの精神の安定のために非常に大切です。
生後半年~2歳ごろからは母国語が形成される時期です。いろんなものを目と耳でどんどん吸収しますから、まずは読み聞かせをしてあげることが有効でしょう。
2~3歳くらいになると「自分」と「他者」という意識が芽生え、外の世界に興味をもち始め、知的好奇心がぐんと伸びてきます。
もう少し大きくなって3~5歳ごろには運動野の発達のピークが来ますので、体を動かしたり、手指の運動を伸ばす楽器演奏などをしたりするのに適した時期です。
その後、8~10歳ごろには第二言語の臨界期が来ますので、英語学習などが効果的です。
思春期前くらいになると前頭前野の発達のピークが来るので、考えて判断する、作り出す、コミュニケーションする、といった能力が伸びます。
とは言え、その能力を伸ばすのに最も効果的な時期を過ぎたからといって、あきらめることはありません。脳はいつから何をやっても伸びますから、思い立ったその日からやればいいのです。効率がちょっと落ちるけれど、それも楽しめばよいのです。
学力向上には知的好奇心が重要
自己実現を達成するための一つの要素が学力と言いましたが、成績が良ければ進路の希望を実現しやすくなります。それだけではなく、学力の高さはソーシャルスキル(ほかの人に対する振る舞い方やものの言い方)や自尊感情、メンタルヘルス(心の健康)にも良い影響を与えるとの研究報告も見られます。
学力を向上させるには知的好奇心が重要です。いろいろなことに興味があり、「おもしろい」「知りたい」と思うと、自然と学力が伸びてきます。感情をつかさどる偏桃体と、記憶をつかさどる海馬には、密接な機能的連絡があります。つまり、好奇心が強くて「楽しい」「おもしろい」と感じると、海馬の機能がより高まる、結果的に覚えやすくなる、というわけです。平たく言うと、好きなことは覚えられるんですね。
~後編に続く~