子どもたちの脳の健やかな発達のために(後編)
医師であり、脳研究者である瀧靖之先生のお話の後編です。前編に引き続き、子どもの学力を伸ばすために大切な習慣や家庭環境とはどのようなものかを伺いました。
図鑑は世界を知るための最高の入り口
学力向上には知的好奇心を高めることが大切だとお話ししましたが、そのために親はどうすればよいでしょうか。ひとつの効果的な方法は、子どもが何かに興味をもったら、すかさず本物を見せるということです。たとえば、図鑑を見て昆虫に興味をもったら野山へ、新幹線に興味をもったら車両基地や駅へ連れていくのです。
飛んでいるチョウの具体的な名前がわかれば、興味が高まります。野山へ行って自然に触れる、図鑑で知識を得てまた野山へ行く、このようなくり返しによって、子どもの興味はどんどん高まっていき、広い世界を知っていきます。
では、子どもに図鑑を買い与えればそれでよいのかというと、そうではありません。子どもたちの脳は、模倣(マネ)によってさまざまな能力を獲得します。よって、親自身が図鑑を見て楽しむ、そしてそれを子どもと共有するということが、子どもの好奇心を伸ばすためにとても有効なのです。
自己肯定感が高いと成績が良い
さまざまな研究から、自己肯定感が高い子どもは成績が良いということがわかっています。ところが、日本の子どもたちは自己肯定感が低いのです。『令和元年 子供・若者白書』(内閣府2019年)によりますと、「自分には長所がある」「自分に満足している」と答えた子どもの割合が、日本は諸外国に比べて低いという結果が出ています。
自己肯定感は、愛情や家族・友人との絆の強さと関連があります。また、虐待が脳や心身の発達を非常に遅らせることも知られています。愛情が重要というわけですが、では、ほめればよいのか? 叱らなければよいのか? 「厳しく育てるか、やさしく育てるか」というのは、親にとって永遠の課題ではないかと思います。
国立青少年教育振興機構の研究によると、ほめられる経験と叱られる経験の両方ともが多い子どもの群が、最も自己肯定感が高いということがわかっています。そのような子どもは、自己肯定感だけでなく、やり抜く力も高いのです。「叱る」と「ほめる」を、うまく織り交ぜるとよいでしょう。
また、「運動やアウトドアの感動体験が自己肯定感を高める」という研究結果もあります。なにも高い山でテント泊する必要はありません。近くの野山や広い公園へ行って自然と触れ合うだけでも、子どもの感動体験を積むことはできるのです。
活字に触れて語彙力を増やす
学力を上げるためには、新聞や本を読んで語彙数を増やすことがとても重要です。言葉を知っていると、更に新たな語彙を獲得するスピードが上がるからです。また、文学でも理科系の読み物でも、ちょっとでも知っている言葉が出てくれば、親しみがわくのです。興味をもつことは好きになるきっかけになります。好きになると覚えられるものなのです。
子どもが新聞や本に親しむようになるためには、これも図鑑と同じで、まずは私たち大人が楽しんでどんどん読むことです。読み聞かせもよいのですが、一緒に読む、あるいは親子で並んで別の本を読むのでもいいのです。子どもは模倣で成長しますから、親子で一緒にやることがとても大切です。
親子の関わりと家庭の生活習慣
以前、『東大脳の育て方』(主婦の友社)という本の監修をしたことがあるのですが、東大や医学部に入学するような学力の高い人たちには、勉強だけしてきたという人はまれで、楽器やスポーツなど勉強以外のことにも打ち込んできた人が多いのです。なにかを好きになる、熱中する、やり遂げる、このやり方を覚えているんですね。勉強も、そのおもしろいことのひとつだったというわけです。
そのような人が親からどのような言葉をかけられたかというと、実は「医者になりなさい」「弁護士になりなさい」というような方は必ずしも多くなかったです。「あなたの人生なんだから自分で決めなさい」「しっかりサポートしますよ」と言われた人が多いのです。努力をちゃんと見ていて応援してくれる人がいる、こういった環境が自己肯定感を高め、結果的に学力を上げているのです。
生活習慣についても、学力の高い子の家庭では、本人も家族も規則正しい生活をしているというデータがあります。睡眠不足は脳の発達を妨げますし、運動不足による肥満は海馬の体積を減少させることがわかっています。食事、睡眠、運動という昔から言われている当たりのことをやることが、とても大事なのです。
そして、子どもに何かしなさいと言うよりも、まずは親が楽しんで、がんばっている姿を見せることが大切です。「楽しく」というところがとても大切で、実はこれが私のいちばん言いたいことでもあるのです。