第二回
リュシアンの場合
月の輝く夜。
リュシアンは、ある貴族の館に向かう馬車の中にいた。
そして、信じられないことに。
隣に座っているのは、美しいドレスをまとったフィリイだった。
「知り合いの婚約披露舞踏会だ。くれぐれも、くれぐれも、恥をかかせるなよ」
リュシアンが馬車に揺られながらフィリイにこう言い聞かせるのは、〝三本足のアライグマ〟亭を出てからもう二十七回目だ。
だが。
「へへへ、嬉しいなー」
ウキウキ顔のフィリイは、リュシアンの注意などまったく耳に入らない様子で、腕にピッタリとしがみついていた。
「まるでお姫様ですねー。でもって、リュシアンさんが王子様!」
「くっつくな!」
「でもー、私がいないと困るでしょー? ひとりで舞踏会なんて、格好悪いですもんねー」
「……黙れ」
リュシアンはフィリイの頬っぺたを、ギューッと左右に引っ張る。
「他の知り合いはみんな用事があって、たまたま、今夜だけ、一緒に来てくれそうな女性がお前しか思いつかなかった。今はそんな自分を、心の底から呪っているところだ」