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「もうすぐ国境だ」
遙か眼下となった西ファヴローウェインの森を、霧が覆いつつあった。
ヴィントール王国の第一王位継承者ソール王子は、馬車の中で向かい合うように座り、足を前に投げ出している女の子に声をかけた。
アムリオン王国とヴィントール王国を結ぶ、唯一の陸路。
その祖国への道を、四頭立ての馬車は並足で進んでいた。
アムリオン王国で、王子が魔法医トリシアの治療を受けての帰国の途である。
同行している幼い少女は、妖術師「偉大なる」ヴィレムセンス(二代目)だ。
「まだ国境か? 国境といえど、線が引いてある訳ではないしのう」
落ち着かない様子を隠しきれないヴィレムセンスは、王子が見ているのとは反対側の窓から頭を出している。
「時間がかかったのは、途中の村々にいちいち引っかかって買い食いをする人がいたせいでは?」
王子は苦笑した。
「文句があるか? 買い食いが楽しいから、船旅をやめて陸路にしたのじゃ」
ヴィレムセンスは唇を尖らせて王子を振り返る。
その顔色は、ちょっと青白い。
「……馬車は揺れる。揺れるのは嫌いじゃ」
「乗り物酔い、それともさっきの村で食べ過ぎた?」
「……両方」
王子に尋ねられ、ヴィレムセンスはこっくりとうなずく。
「ほら」
王子はヴィレムセンスを抱えると、自分の膝に乗せて背中をさすった。
「わわわっ、よさぬか!」
「この方が楽だろう? 揺れないし?」
「こ、こ、こ、子供扱いするでない! 恥ずかしい!」
真っ赤になるヴィレムセンス。
「まだまだ子供さ。無理しなくていい」
王子はヴィレムセンスの頭を撫でる。