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その日。
エメラルド・ドラゴンの少年ライムは、朝から嫌な予感を覚えていた。
王都での滞在場所である「三本足のアライグマ」亭の一階に降りてくると、人魚のアーリンが乗る車輪付き水槽にはね飛ばされ、半吸血鬼のフィリイに熱いスープを頭から浴びせられ、それを冷やそうとした雪の乙女フロイラインには全身を氷づけにされたのだ。
さらに。
「やあ! 今日もいい日だねえ!」
セドリックがやってきた。
嫌な予感、倍増だ。
「あんた、学校は?」
セルマがとがめるような目をセドリックに向けた。
まだまだ使える魔法は限られてはいるものの、セドリックは魔法学校「星見の塔」の生徒なのだ。
「休日だよ!」
胸を張ったセドリックは、ひと呼吸置いてから付け加える。
「……自主的に」
要するに、サボリである。
「そんなんだから〜、いつまで経っても魔法がうまくならないんですねえ〜」
自分のことは棚に上げてため息をついたのは、こちらも長年同じ仕事を続けながらぜんぜん失敗が減らないフィリイである。
「気にかけてくれてありがとう!」
セドリックは白い歯をキラリと輝かせてウインクした。
「気になんか〜、頼まれてもかけませんよ〜」
笑顔ながら、とんでもなくひどいことを言うフィリイ。
「それはともかく!」
セドリックはカウンターでグレープ・ジュースを飲んでいたライムを振り返る。
「我が親友ライム! 今日は君に用があってきたのさ!」
片足をイスに乗せ、額に指を当てて横を向くのはセドリックお得意のポーズだ。
「この僕は! むちゃちゅ……もとい、武者修行に出ることにしたのだよ!」
「むしゃ、しゅぎょう?」
ライムは聞き返した。
「諸国を回って怪物や悪人を退治して、我が家の名前を高め、モテモテになるのさ! ……いや、今がモテてないという訳じゃないけどね」
「怪物退治なんて、できるんですか?」
疑いの目を向けるライム。
「僕は自分を信じてる!」
セドリックは胸を張る。
「……根拠、なしですね」
白いため息をついたのは、トレーを手にしたフロイラインである。
「だから!」
セドリックは、ビシッと人差し指をライムの鼻先に突きつけた。
「少年ライムよ! 君は僕の従者になってくれ!」
「従者って、騎士の身の回りの世話をする?」
と、戸惑いの表情を浮かべるライム。
「そう! まさにその従者だよ!」