WEB限定 書き下ろし小説

王女は熱血先生!?

3

「まあまあ、みなさん、元気のよろしいこと」
 扉が開き、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
「……え?」
 ガラガラ、ガッシャーン!
 トリシアは振り返ろうとしてバランスを崩し、机から落っこちる。
「たたた……」
 背中をさすりながらそちらに目をやると、そこには頭を抱えたレンと、知的な顔立ちの女性が立っていた。
「レスリー先生? アリエノール学園の?」
 と、トリシア。
「な、何で先生が!?」
 ショーンを集中攻撃していたベルも、目を丸くする。
「今日は合同授業のお誘い、ありがとうございます」
 アムレディアに向かって優雅にお辞儀をするレスリーは、名門アリエノール学園の教師。
 アリエノール学園は、転校する前にベルが通っていた、有名なお嬢様学校である。
「校舎が火事にあって以来、父兄のお屋敷の一室をお借りしての授業が多かったので、大変助かりますわ」
「合同……授業?」
 さっと背中に紙の筒を隠したアムレディアは、レンの方を見る。
 レンは口笛を拭きながら、王女の視線に気がつかない振りをした。
「はい。アムレディア殿下からぜひにとお誘いがあったとお聞きしました。……違うのですか?」
「……い、いえ! そう、そうでした。アリエノール学園の教育法は、とても参考になると思いますので」
 アムレディアは作り笑いを浮かべながら、紙の筒を床に落とし、トリシアの方にポンと蹴る。
「……どういうこと?」
 トリシアはレンにささやく。
「他にいい手を思いつかなくってさ」
 と、声をひそめるレン。
「ほら、レスリー先生なら、まともな先生だって知ってるし、いっそのこと、アリエノール学園との合同授業にしちゃえばいいかなーって」
「……アムのあの顔。怒ってるよ」
 トリシアは、アムレディアの射抜くような視線に気がつく。
「……知ってる」
 レンはため息をついた。
「それでは、我が校の生徒をこちらに入れてもよろしいでしょうか?」
 レスリーはアムレディアにたずねた。
「喜んで」
「さあ、みなさん」
 レスリーが扉の外に呼びかけると、制服姿の少女たちが二十人ほど教室に入ってきた。
「ここが『星見の塔』ですわね!」
「魔法を教える学校ですのね!」
「すてきな雰囲気ですわ! 時代を感じさせますね! ……ホコリとかび臭さの中に」
 アリエノール学園の女生徒たちは、口々に感想を口にする。
「ベル様! お久し振りです!」
 ベルの姿を見つけ、スカートの端をつまんで会釈する子。
「きゃあ! ショーン様がいらっしゃるわ!」
 ショーンのまわりに群がる少女たち。
 意外なことに、アリエノール学園の生徒たちには、ショーンは大人気なのだ。
「……」
 なんであんなのがいいの、と言いたげな顔をしているのは、『星見の塔』の生徒たちである。
「ええと、イス、イス……」
 レンは予備のイスを運んできて、そそくさと並べ始めた。
「殿下、授業を開始してよろしいでしょうか?」
 一同が席に着くと、レスリーはたずねる。
「え、ええ」
 アムレディアは後ずさりして、窓のそばに移動した。
 もちろん、通りがかったついでに、レンの足をギューッと踏んづけることは忘れない。
「今日はせっかく王女殿下がいらっしゃいますから、今の平和な王国を築いた人たちについての勉強をいたしましょう」
 レスリーは生徒たちを見渡すと、アムレディアに微笑んだ。
「殿下、魔法使いのアンリ様と出会った頃のことを、お話しいただけませんか?
「あの……そうね。私がアンリと初めて会ったのは、大公の手を逃れ、味方になってくれる腕利きの剣士を探していた時の……」
 アンリのことを語りだしたアムレディアの顔に、ようやくほっとした表情が浮かんだ。

         *         *         *

「私って、役立たずね」
 その夜。
『星見の塔』のアンリの部屋で、しょんぼりとしたアムレディア姫はトリシアにこぼしていた。
「アンリにできることなら、何でもできるって思っていたのに」
「ほ、ほら、それぞれ専門ってものがあるから」
 トリシアはなぐさめる。
「私だって、医術ができるけど」
「他の勉強は、ダメよね?」
「……ううう。こっちがなぐさめて欲しいくらいです」
 そこは、はっきり指摘して欲しくないと思うトリシア。
「でも、アンリ先生との出逢いの話、面白かったですよ」
「そう?」
 やっと王女の顔に笑みが浮かぶ。
「私、アンリには何度も何度も、助けてもらったの。だから、その何分の一でもいいから恩返しがしたかった」
 王女は手を組み、窓から星空を見つめた。
「今回もアンリの役に立てればと思ったんだけど、ダメね」
「アンリ先生の代わりは、誰もできませんよ」
 トリシアも肩を並べ、いっしょに空を見上げる。
「どうしてアンリ先生はあんなに強く、優しいんだろうって、いつも思います」
「……アンリはたくさん傷ついたから」
 アムレディアはつぶやくように言った。
「?」
「自分の悲しみを、誰かを守るための力にできる。それがアンリの一番の魔法なの」
 トリシアの手を取り、しみじみ見つめるアムレディア。
「トリシア、あなたはその魔法を、アンリからちゃんと学んでいるわ。時々、あなたがうらやましくなるくらいに」
「そうだといいです……ねっ!」
 パコーン!
 トリシアはニッと笑うと、隠し持っていた紙の筒を取り出し、いきなりアムレディアの頭に一撃をお見舞いした。
「な、何するの!?」
「へへへ、昼間のお返しーっ!」
「や、やったわね!」
 アムレディアも手近にあった紙を取り、筒を作る。
「隙ありですよー!」
「負けないから!」
 二人はキャッキャと騒ぎながら、紙の筒で叩き合った。
 巻物が飛び、薬品のビンが割れ、イスが倒れ、本棚が倒れ、本が飛び出し、じゅうたんがめくれ上がる。

 アンリが戻ってきた時、散らかりまくった自分の部屋を見て、絶句したことは言うまでもない。

☆おしまい☆
…それぞれの戦い方に個性が出てましたね!
特にアーエス…敵に回すとコワいです。。。
アムはやっぱり王女のおしごとが一番…!?