と、そこに。
「やあやあ! よく来たねー、王女様に、アルちゃんにホーレスちゃん」
ショーンの兄で、サクノス家の三男、エティエンヌがひょいと姿を現した。
「あたしはベル、こっちはアーエス! ったく、いつになったら覚えるのよ!」
これで名前を間違えられるのが何度目になるのか分からないベルが抗議する。
「まあ、細かいことはいいじゃない?」
エティエンヌに反省の様子はない。
「全っ然、細かくないから!」
「いつか……こいつ……処刑する」
ベルとアーエスはエティエンヌをにらむ。
「本部の建物の中は僕が案内するよー。そのために待ってたんだからねー」
エティエンヌは、背中からショーンを抱きしめながらみんなにほほ笑んだ。
「で、仕事は?」
ショーンは兄を見上げる。
「あはははは」
「……サボったのだな?」
「じゃあじゃあ、まず一階からねー」
エティエンヌは聞こえない振りをして歩き始めた。
「はい、ここは食堂」
最初にエティエンヌが案内したのは、一階にある広い部屋。
いくつもテーブルが並び、騎士たちがくつろいでいる。
「ここで食事をするんだよ。ていっても、全員が一度に食べるってことはなくってさ。みんな、任務がない時間を選んでこの食堂に来るようにしてるんだ」
「どんなものが食べられるんですか?」
女の子のひとりが手をあげて質問した。
「普通の店で食べられるようなものなら、たいていメニューにあるよ。魚料理とか肉料理とか、甘いものとか。けど、お酒はなしね。酔っ払ったら、仕事にならないから」
エティエンヌはカウンターのところに行くと、その奥にいる女の人にウインクし、みんなの分のリンゴジュースとマロンタルトを出してもらった。
「エティエンヌさん、やさしー」
「すてき!」
「ショーンと大違い」
生徒たちのエティエンヌの評価、うなぎ上りである。
「……ここの見学を提案したのは僕だぞ。普段から勉強だって教えてやってるのに」
隅っこに行って、いじけるショーン。
「仕方ありませんわよ」
そんなショーンの肩に、キャットが手を置いた。
「顔でもスタイルでも、完璧に負けているのですから」
なぐさめにもならなかった。
次にエティエンヌが案内したのは、同じく一階にある医務室だった。
「ここが医務室だよー」
エティエンヌは扉を開けた。
清潔そうなベッドや、薬の棚が並ぶ白い壁の部屋だ。
「騎士団員が怪我をした時のために、ここにはいつもお医者さんが控えていて……あれ、いない?」
エティエンヌは医務室の中を見渡したが、しーんとして誰もいない。
「いなくて幸いだ」
ショーンはため息をつく。
「あははは。……ショーン、プリアモンド兄さんみたいなこと言うね」
エティエンヌは笑った。
「どうもあの人は苦手だ。腕はいいらしいのだが」
ショーンは医師のアンガラドが隠れているんじゃないかと、ベッドの下をのぞいて見る。
「確かに、ベッドの下からズルズルと這い出してくるの、怖いから止めてほしいよねー」
うんうんとエティエンヌもうなずく。
「どうしてそんなところから?」
生徒のひとりが質問する。
「暗くて狭くて涼しいから、落ち着くんだって」
答えるエティエンヌ。
すると。
「そのとーりよー」
ズルズルと薬品棚と壁の狭い隙間から、アンガラドがはい出してきて、ショーンの背中に寄りかかった。
「ひえええええええええっ!」
「ふふふ、ショーンちゃーん。血をー、血をちょうだーい」
アンガラドはガラスびんを白衣のポケットから出し、ショーンの目の前で振った。
「な、何、この人? 吸血鬼? フィリイの親せき?」
〝三本足のアライグマ〟亭のお間抜けな半吸血鬼、フィリイのことを思い出し、女の子のひとりが顔をこわばらせる。
「トリシアも一目置く、血液の専門家なのだが??!」
なんとかアンガラドの手を振り解いたショーンは、みんなを連れて医務室から飛び出し、バタンと扉を閉めた。
「??関わり合いにならない方がいい」