「それじゃあ、次には……」
あっさりと医務室の見学を終えたエティエンヌが、みんなに向かってそう言いかけたその時。
「あ、シャーミアンが来たわ」
ベルがエティエンヌの背中の方を指さした。
次の瞬間。
ひゅん!
エティエンヌの姿は、まるで魔法のように生徒たちの前から消えた。
「エティエンヌ?」
「……どうした……の?」
あ然とするベルとアーエス。
「たぶん、サボってたものだから、見つかるとまずいのだろう」
ショーンは額に手を当てて頭を振った。
そこに。
「よく来たな。アンリ殿から話は聞いている。ここからは私が案内しよう」
シャーミアンが歩み寄ってきて、ショーンに笑顔を見せた。
「ところで、エティエンヌを見なかったか?」
「……残念だが」
ショーンは嘘をつくのは嫌だったが、腐っても兄なのでここは黙っていることにした。
「そうか。今朝も見回りの仕事を後輩に任せてどこかに逃げたので、見つけたらお仕置きをしようと思っていたんだが」
「お、お仕置き?」
ショーンの顔が引きつる。
「……お仕置きだ」
シャーミアンは大きくうなずく。
「…………」
どんなお仕置きなのだか聞くのが怖いので、ショーンはこの話題は終わりにすることにした。
「どうだ、次の入団試験のための訓練はしているか?」
シャーミアンは尋ねる。
「そ、それがなかなか」
ショーンは首を横に振った。
「剣の練習ぐらいなら付き合ってやるぞ。お前の兄たちは、どうせ相手をしてくれないだろう?」
「あははは」
シャーミアンの剣の相手などしたら、まばたきする間にトリシアのところに入院しなければいけない羽目になる。ショーンは笑ってごまかした。
と、そこに。
「……ちょっと! ずいぶん、仲いいみたいじゃない?」
楽しそうに話す二人の間に割り込んだのはベルだった。
「そうか?」
ベルを振り返ったシャーミアンは目を細める。
「私がまだ入団したばかりで途方にくれていた時、ショーンが花をくれたことがあってね」
シャーミアンは鎧の胸のところに手をやった。バラの模様が彫られているところだ。
「あの白いバラのおかげで、私はがんばれた。この鎧の飾りのバラは、そのころの気持ちを忘れないように彫ったものなんだ」
「……あたしにはバラなんかくれたことない」
ベルはショーンをにらむ。
「お前、そんなもの欲しがったことないだろうが?」
と、ショーン。
「……花なら……安くしとくよ……友だち価格で……一割引き……」
ときどき、ショーンの家の花を売って勝手に儲けているアーエスが、ベルの袖を引っ張った。
「だーっ! 自分で買ってどうすんのよ! 花なんて、男の子がプレゼントしてくれるものでしょうが!」
「…………ベル……かわいそうなくらいに……男の子に……人気ないから」
「よ、余計なお世話よ!」
「あー、楽しそうだが、案内に戻っていいかな?」
シャーミアンがせき払いをする。
「……どうぞ」
ベルはそっぽを向いて答えた。