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「海か」
アンリはちょっと考え込んで、みんなを見渡した。
「これから行くかい?」
「海に行けるの!?」
本物の海を見たことがないトリシアが、ガタンとイスを鳴らして立ち上がった。
「正確に言うと、行くんじゃなくて」
アンリは説明する。
「本物の海にそっくりな空間を作り出すことはできるよ。実際に海にいる訳じゃないけれど、海にいるのと同じように感じることができる空間をね」
「……また、すっごい高度なことを簡単そうに言うんだから」
レンが頭を振った。
「まあ、ちょっとした部屋があればだけどね」
アンリは付け加える。
「こっちこっち! ……ここは!?」
セルマはアンリの腕をつかんで引っ張り、二階の客室のひとつの前に連れていった。
「……うん、ここでいいかな?」
小さな室内を見渡し、アンリはうなずく。
「海出して! すぐ出して!」
セルマが子供のようにせがんだ。
「水着、人数分用意する!」
家に向かって走るベル。
そして。
「じゃあ、いくよ」
アンリは一同が見守る前で、魔旋律を唱えた。
「別の場所、別の時間、実が虚、虚が実、幻は形を持ち、感覚のすべてが我が言葉に従う。ナッドゥラル・イーヴァイ!」
ブーンッ!
一瞬、部屋の中がまばゆい光に包まれると、弓の弦を弾いたような音とともに空間が揺らぎ、冷たい風が吹き出す。
そして、光が消えると扉の向こうには、灰色の空と凍りつくような荒海の光景が広がっていた。
「こ、これはー!?」
顔をこわばらせるトリシア。
「さ、寒すぎる!」
レンも震え上がる。
「……先生、ちょっと聞くけど、ここ、どこ?」
すでに水着に着替えているベルが、眉をつり上げて尋ねた。
「氷黒湾。西の荒野の、さらに西にある海だよ。ここなら涼しいだろう?」
と、アンリ。
「もっと暖かい海にして!」
一同は一斉に詰め寄った。