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塩川達大

第4回・フィルターバブルの外のダイバーシティな学びの場づくり

フィルターバブル、エコーチェンバー

2024年秋には衆議院選挙をはじめとして各種選挙もありましたが、そうした中、フィルターバブルやエコーチェンバーという言葉がメディア等で扱われる頻度が増えていたかと思います。

2024年ノーベル経済学賞受賞者のダロン・アセモグル教授は、民主主義という制度が社会の繁栄に極めて重要であることを提唱しておりますが、かつ、その視点からは、悪質なSNS、フィルターバブルやエコーチェンバーによる社会の分断は民主主義の制度への亀裂をもたらしかねないものという警鐘を鳴らしています。SNSを通じて自分と異なる意見を持つ者に対して悪者、異物とする姿勢の拡幅は社会システムとしても健全でないという考え方のようです。

これらの言葉はつまるところ、AIのアルゴリズム特性によってもたらせるデメリットになりますが、少し私なりの理解で簡単に説明します。クリックや検索によって同じような情報がどんどん発信される経験は皆さんあると思いますが、その結果、興味関心ある情報ばかりに包まれてしまい、それ以外の情報から縁遠くなってしまったり、包まれた内側の世界では同じような考え等が発信されていくというもの、これが「フィルターバブル」です。

また、こうしたフィルターバブルの中では、自分と近しい意見を持つ人が多いために、意見を言うとその意見が反復・拡幅して強まり、そうした考えが無謬なものと認識してしまう傾向になっていくこと、これが「エコーチェンバー」です。

フィルターバブル、エコーチェンバーの課題は、社会の分断、多極化につながりかねないということ、個々人でいえば、他者との協調的なコミュニケーション能力に負の影響を生じさせるということかと思います。同じような考えの世界で、その考えを全く正しいと思えば、自分の意見を客観視することができなくなります。それどころか客観視した結果、自分の意見はやはり正しいという独善的な考え方になってしまいかねません。インターネットの良い点は指折るまでもなく数多(あまた)ありますが、その上でこうした負の点をどう克服するかも考える必要があります。

多様なグローカル社会とネット、そしてオーセンティックな学び

世界がより「小さく」「つながりやすくなった」ことはインターネットの良い点の一つでしょう。AirmailからFAX、そしてemail、SNSへの変遷からも自明です。「グローバル社会」と「ローカル社会」はそれぞれが個別に存在していたのが過去とすれば、現在は混ざり合った「グローカル社会」です。

新学習指導要領は令和2年度から各学校段階で順次実施されており、今年度の高校3年生は要領に基づく教育課程の下で学び、卒業していくことになります。目指すべきオーセンティックな学び、すなわち、「主体的・対話的で深い学び」を、よりグローカルな時代に実現するためには、こうしたインターネットの陥穽(かんせい)に考慮を十分にした教育課程が不可欠ということと考えられます。

過去以上に多様な社会になっている一方、その中では小さな渦に閉じた同質性の高い、多様性と相反的な空間がバーチャルにもできていると言ってもよいかもしれません。だからこそ、リアルな社会での協同的な学びの必要がより一層高まっているともいえるのではないでしょうか。

フィルターバブルの中は適温の温泉のようなものかもしれません。いつまでも浸かっていられる、出るのがつらいぐらいの心地良さ。しかしながら、ずっと温泉の中にいるわけにはいきません。温泉も大事ですが、健康なからだづくりのためには必要な行動も当然必要であり、科学的に体に負荷をかけることも大事です。子どもたちの成長の場がバブルの中にいすぎることは決して良くないことは明らかです。

居心地の悪い社会を乗り越えていく資質・能力の育成へ

フィルターバブルの中はある意味居心地が良い空間です。同じような考え方の人が集い、自らの意見を否定されることも少なく、自己肯定感が揺らぎにくいのですから。

他方、その外の世界は圧倒的なダイバーシティな社会です。異なる意見の相克が絶えずあり、それを止揚して新しい価値が生まれていくものです。すなわち、現在、それから未来に求められる資質・能力は、多様な価値観・考え方の摩擦への耐性もあり、積極的に摩擦を乗り越えて協同的な活動を行い、新たな価値創造を実現できるという言い方ができるかもしれません。フィルターバブルの居心地の中で安住していると身につけられない力、そのようにも言えると思います。

加えて、人口減少が進んでいる中、家族構成や社会においても、同質性は過去と比較して強くなっているとも言えると思います。昔のような多世代型の大きな家庭と、例えば子どもが一人の家庭で、「うち」の中でも多様性があるのはどちらでしょうか。

こうしたことを考えると、
① 異なる考え方を積極的に話し合う
② 相手を批判するのでなく、尊重し、その上で建設的かつ批判的な姿勢で行う
③ どちらが良い悪いを超えて最適な考え方をつくりあげる
④ 特にリアルな社会で行う
といったことに留意して教育課程内外の学びの場を作り上げることが望ましいと考えます。

学校自前主義から、社会と協働していく学びや部活動の地域展開へのシフトという流れも、こうした「ダイバーシティ」の実践という文脈で考えていただくと、その意義が理解しやすいかもしれません。

子どもにとって大事なことは、自分と異なる考え方・価値観があるのがリアルな世界であるということ、そのことを認識できる学習環境になっていること、そして異なることをもって悪とするのではなく、異なることが幸せになるために必要不可欠である、すなわち幸せになる協働者として受けとめることができる、そうした学びの実現ではないでしょうか。

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塩川達大(しおかわ たつひろ)
塩川達大

京都大学経済学部卒業、ロンドン大学ユニバーシティカレッジロンドン修士(公共政策)

1996年文部省(当時)入省、文部科学省、岐阜県教育委員会、内閣官房(地方創生担当)等の勤務を経て、2017年スポーツ庁学校体育室長(部活動改革担当)、2019年初等中等教育局参事官(高等学校担当)、2021年高等教育局専門教育課長、2023年7月国立大学法人金沢大学理事・副学長

2024年8月より文化庁 文化資源活用課長