前編
「アンリさんの知り合いかあ……まいったな」
迷う果物屋の主人。
「……仕方ねえ。あんたの顔を立てるよ。あんたにゃ、街中のみんなが恩があるからな」
「ありがとうございます。代金は必ず働いて返させますから」
アンリはもう一度頭を下げた。
「他にも、この子に何か盗まれたお店があったら、僕に知らせてください。その店の方たちにもきっと代金を払わせます」
「なんだよ、お前が払ってくれるんじゃないのか?」
レンは唇を尖らせた。
「ひとつ、覚えておくんだ、レン」
……アンリはしゃがみ、視線の高さをレンと合わせると、その肩に手を置く。
「自分がしでかしたことは、結局、自分が償うしかないってことを」
「え、偉そうなんだよ、お前!」
レンはアンリの腕を振り払うと、路地裏の方に向かって駆け出した。
「よけいなことばっかすんな! ば~か!」
「……あははは」
アンリはレンの後姿が消えると、果物屋の主人に頭を下げた。
「ごめんなさい」
「あ、あんたが謝ることじゃないさ」
果物屋の主人はあわてて首を横に振る。
「でもさあ」
この様子を見ていた焼き菓子を売りの太ったおばさんが、ため息をもらした。
「あんな子だって、この国が平和だったら、きっと別の育ち方をしたんだろうと思うよ」
「俺たち大人の責任でもあるってことかあ」
主人は腕組みをしてうなる。
「とにかく、代金は必ず払わせますから」
もう一度頭を下げるアンリ。
「ははは、気長に待つよ」
果物屋の主人は笑い、レンが落としていったリンゴをアンリに手渡した。
* * *
「たったこれだけ? 虹色ラセン魚三匹で?」
アンリとの二度目の出逢いから数日後のこと。
代金として差し出された銅貨を見て、レンは顔をしかめていた。
「これ以上払うんなら、魚市場に行くわよ」
太ったおかみさんは告げる。
「し、仕方ないな」
しぶしぶ銅貨を袋に納めるレン。
「また来なさいな」
おかみさんはそう言うと、扉を閉めた。
「くっそ~。あのあたりの屋台から、どのくらいかっぱらったかな?」
レンは小銭を数えながら、ため息をついた。
朝早く大レーヌ川で釣ってきた魚を、この東街区で売る仕事を始めてこれで三日目。
アンリに約束させられた金額を貯めるには、まだしばらくかかりそうである。
「……何だよ?」
レンは、さっきから自分のほうを見てニヤニヤしているトリシアをにらむ。
「レンが働いてる」
酒ダルの上に座り、足をプラプラさせていたトリシアは肩をすくめた。
「雨が降るね」
「だ~っ! なんで俺、こんなことしてんだ!?」
レンは頭をかきむしる。
「くそ、あいつのせいだ! あいつと会ってから、なんかこう、気分がもやもやして!」
「あいつって?」
首をかしげるトリシア。
と、ちょうどその時。
通りの反対側を、見覚えのある人物が通りかかった。
まだあどけなさの残る顔に、知性と勇気を宿した瞳を持つ金髪の少年。
もちろんアンリである。
「げげっ、一番会いたくないやつに!」
とっさに隠れようとするレン。
だが。
「うそ! あの人だ!」
アンリの姿に気がついたトリシアが、酒ダルから飛び下りて駆け寄った。
「わ~っ! 待て!」
レンは止めようとするが、大声を出してしまったので逆にアンリに気づかれる。