前編
「その節は、どうもありがとうございました!」
トリシアはアンリの前に出ると、スカートの端をつまんでお辞儀した。
「やあ」
少し屈んで微笑みかけるアンリ。
「君は、エドラルでレンといっしょにいた子だね?」
「覚えていて、くださったんですか?」
トリシアの頬が、ポッとピンクに染まる。
「……お前、さっきまでと言葉づかい違うだろ?」
追いついたレンが、白い目でトリシアを見る。
「レン、また会ったね」
「会いたかなかったけどな」
アンリが声をかけると、レンはそっぽを向いた。
「前に会ってたの!? レン、ずるい!」
レンに抗議するトリシア。
「なんだよ、それ!」
「君には自己紹介がまだだったね。僕は……」
アンリはトリシアに手を差し出した。
「こいつはパット! 俺の子分だ」
レンは胸を張る。
「パットって呼ぶな! それに子分じゃない!」
トリシアはレンのアゴに頭突きを食らわせると、真っ赤になってアンリの手を握った。
「わたし、パトリシアっていいます! トリシアって呼んでください!」
「よろしく、トリシア」
アンリは微笑む。
「僕の名前はアンリ」
「え~っ! あのアンリさんですか!? 魔法使いの!?」
「ええっと……そ、そうなるかな?」
ちょっと困った顔で頭をかくアンリ。
「すっごい!」
トリシアは瞳を輝かせた。
「第七魔法院の生き残りで、ファヴローウェインのアールヴたちに受け入れられた、ただひとりの人間! 不死の剣士の弟子で、デュリエ大公を倒して世界を救った、あのアンリさんなの!?」
「ぼ、僕よりも、僕のことがくわしいみたい」
アンリは苦笑いだ。
「お願い!」
トリシアはアンリの腕にしがみつく。
「お話聞かせて! 妖精のことや魔法のこと! ドラゴンやアールヴのお話を!」
「パット、よせったら! 恥ずかしいだろ!」
レンはトリシアをアンリから引き離そうとする。
「いいでしょ、別に!」
トリシは鼻にしわを寄せ、べえ~っと舌を出す。
その瞬間。
グルル~。
トリシアのお腹がグルルルッと音を立てた。
「……お腹、空いているのかい?」
アンリは尋ねる。
「い、いいえ!」
ブルブルと頭を振ったトリシアは、鼻歌でお腹の音をごまかそうとする。
「あははは! バレバレ!」
「……ふんっ!」
ごわんっ!
大笑いするレンのあごに、トリシアの頭突きが決まった。