第二回
* * *
「……どうなったんだ?」
リュシアンが目を覚ますと、そこには心配そうにのぞき込むフィリイの顔があった。
「どうなったって言われてもー。リュシアンさんが気を失っている間に、アナベスさんは外に連れていかれちゃいましたよー」
「……俺はなぜ気を失った?」
一時的に記憶が飛んだリュシアンはたずねる。
「わ、私にもそれは分かりませんー。きっと、疲れがたまってたんですねー」
フィリイは口笛を吹きながら目をそらし、完全にとぼけ倒すことにした。
「おい!」
右往左往していた招待客の前にリュシアンが出ると、視線が一斉に集まった。
「おお、リュシアン殿!」
アナベスの父が飛び出してきて、リュシアンにすがりつく。
「娘が、娘がさらわれた! 助けてやってくれ!」
「犯人たちの心当たりは?」
リュシアンはアナベスの父を落ち着かせようと肩をつかむ。
「い、いや。だが、奴ら、娘を無事に帰して欲しくば、今夜中に金貨一万枚を用意しろと!」
「できるのか?」
「……む、無理だ」
アナベスの父は頭を振る。
「サクノス家とは違い、我が一族は裕福ではない。今夜の舞踏会の費用さえ、婚約者にほぼ全額出させたくらいなのだ」
「その婚約者は?」
リュシアンが尋ねると、アナベスの父は視線で会場の隅っこにいる青年を示した。
「おい!」
リュシアンは、震えている婚約者の腕をつかむ。
「お前は金を集められるか?」
「知らないよ! 冗談じゃない!」
婚約者は泣きそうな顔で、リュシアンの手を振り解く。
「こ、こ、こんな恐ろしい目にあうくらいなら、婚約なんてしなきゃよかった! あんな女、もう知ったことか!」
「……ちっ」
殴る価値さえない婚約者を、リュシアンは突き放した。
もし、事件が起きたのが貧しい南街区だったとしたら、居合わせた者のほとんどは、リュシアンに手を貸そうと進み出るだろう。
だが、着飾った貴族たちはリュシアンが目を向けただけで顔をそむけ、関係ないといった態度を決め込んだ。
「……何が貴族だ」
リュシアンはひとり、走り出した。
「リュシアンさーん!」
馬を馬車から外し、鞍をつけているところにフィリイがやってきた。
「もしかしてー、助けにいきますー?」
フィリイはたずねる。
「この王都の治安を守るのが、俺の仕事だ」
リュシアンは馬にまたがった。
「じゃあ、今度こそちゃーんと手伝いますねー」
フィリイはリュシアンの後ろに乗ろうとする。
「これでも半吸血鬼ですから、いざとなったら役に立ちますよー」
「……当てにはせんが、好きにしろ」
無理に止めるととんでもない目にあいそうな気がして、リュシアンはしぶしぶうなずく。
「しまーす」
フィリイは必要以上にしっかりと、リュシアンの背中にしがみついた。