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一方。
「狙いは恋のお邪魔虫!」
ベルはトリシアに向けて、一気に馬を走らせていた。
「って、わたし!?」
自分を指さすトリシア。
「あんたがここで格好悪く負ければ、先輩の心はあたしのもの!」
ベルは腕を伸ばし、トリシアを引き倒そうとする。
しかし。
「伏せて!」
トリシアは、自分が乗っている馬の背に身を屈めた。
(よっしゃ!)
とっさに四本の脚を曲げ、姿勢を低くするトリシアの馬。
ベルの手はトリシアの頭の上をかすめ、思いっ切り空振りする。
「へっ?」
勢い余ったベルは、トリシアが何かするまでもなく、勝手に鞍から落っこちた。
「くやしーっ!」
ベルは地面に座り、手足をバタバタ振る。
「やーい!」
と、笑うトリシア。
だが、その背中には、いつの間にかシャーミアンが迫っていた。
「隙ありだ、トリシア!」
「わっ、ちょっと!」
どんっ!
シャーミアンはトリシアを横から押して、馬から落とす。
「やーい、ドジ!」
今度はベルが笑う番だ。
トリシアが落馬したのとほぼ同じ頃、アムレディアは逃げ回っていたエマとショーンを落とし、レンを追いつめていた。
「僕だって、簡単には!」
レンはアムレディアの方に馬を向ける。
だが。
「レン! お行儀!」
アムレディアは突進しながら叫んだ。
「はいいいいっ!」
次の瞬間、レンは馬の上で直立不動の姿勢を取っていた。
レンは昔、アムレディアに礼儀作法の猛特訓を受け、以来彼女に頭が上がらないのだ。
「もらった!」
アムレディアはすれ違いざまにレンの首根っこをつかみ、レンを馬から引きずり落とした。
「きゃーっ! 先輩!」
悲鳴を上げるベル。
「犬みたいに仕込まれてますわね、レン」
キャットが力なく笑う。
「王女様への恐怖が、体にしみついてるみたいです」
ミラがキコッと首を鳴らして頷いた。
「残るは……」
アムレディアはシャーミアンを見る。
「必ず勝つ!」
シャーミアンも、アムレディアに向けて馬の速度を上げた。
「落ちなさい!」
「そっちこそ!」
二人はつかみ合い、押し合い、引っ張り合い、お互いを落とそうと必死になる。
「いやあ、あんなアム見るの、初めて」
「あんなシャーミアンを見るのもな」
トリシアとショーンは顔を見合わせる。
「……これ、星見の塔の生徒の運動会じゃなかったっけ?」
レンも頭を振るが、アムレディアとシャーミアンの戦いはなかなか決着がつかない。
「はい、時間切れ!」
いつまで経っても終わらないので、とうとうアンリが間に割って入った。
「二人とも落ちなかったから、この競技は引き分けってことで」
「そんなのなし! 徹底抗戦よ! どちらかが倒れるまでね!」
「その通り! これでは納得がいかん!」
二人は馬から下りようとはせず、アンリに詰め寄る。
「……じゃあ」
アンリは笑顔のまま、さっと両手を動かした。
「え?」
「!」
アムレディアとシャーミアンは鞍から離れて宙を舞うと、そのままドスンと地面に尻餅をつく。
「二人とも負けってことでいいね?」
アンリは二頭の馬の手綱を取ると、隅の方に連れてゆく。
「……どうしていつも彼に勝てないのかしら? 魔法はぜんぜん使ってないのに?」
アムレディアはアンリの後ろ姿を見送りながら、首をひねる。
「な、何が起こったのか分からん」
シャーミアンも目を丸くするのみだった。