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「おとなしくしないと、こいつがどうなるかー?」
そう告げたゴブリンの親玉が引っ張ってきたのは、縛り上げられたフィリイだった。
「えへへ、こっそりついてきたら、捕まっちゃいましたー。たーすーけーてー」
フィリイは緊張感のない声を上げ、リュシアンの方を見る。
「いつの間に!?」
トリシアは目を丸くした。
「あのヤブッ蚊」
舌打ちし、弓につがえていた矢を矢筒に戻すリュシアン。
わざわざトリシアが通訳するまでもなく、状況は分かったようである。
「攻撃やめ!」
他の騎士たちもプリアモンドの号令で、武器を下ろし、門のところまで下がる。
「それじゃ、石はもらっていくぞー! 宮殿を、こっそり建て直すために!」
ゴブリンの親玉は宣言し、壁の破壊を続けるように部下たちに命じる。
と、その時。
「地をうがて! シャカット・ピスオミ!」
トリシアのすぐ後ろで声がしたかと思うと、親玉の腕の中から、ふっとフィリイの姿が消えた。
「ど、どこだ!? あの頭の悪そうな娘はどこに消えた!?」
あわててあたりを見渡すゴブリンの親玉。
「うおっ!? こ、この穴は!?」
自分の足元を見た親玉は、ちょうど人間一人分ほどの大きさの穴が、いつの間にか開いていることに気がついた。
「はーい、私はここですー。……お尻、打っちゃいました」
穴の底から、フィリイの声がする。
「今のって、落とし穴の魔法!?」
トリシアが振り返ると、そこにはレンの姿があった。
「レン、来てくれたの?」
「ええっと……、街が大変な時に、悩んでばかりいられないし」
レンは照れくさそうに頭をかく。
「役に立ったね、落とし穴」
ニッと笑ったトリシアは、チラリと穴の方に目をやった。
「……けど、別にフィリイを落っことさなくても、ゴブリンの方を落とせばよかったんじゃないの?」
「…………あ」
レンは今、初めて気がついたようだ。
「よし、これで戦闘再開だ!」
プリアモンドは再び剣を握り直し、騎士たちを連れてゴブリンの群れに突っ込んでいく。
「だから! ゴブリンから離れてったら! わたしが魔法を使えないでしょ!」
トリシアはプリアモンドに怒鳴るが、塔の上からでは声が届かないのか、騎士たちがゴブリンから離れる様子はない。
「もう! こうなったら!」
トリシアは騎士団ごとゴブリンを吹き飛ばそうと、魔旋律を唱え始めた。
「おしおきの、バラク・ティ……」
と、その時。
「どうやら、騎士たちよりも君の方が手荒なようだね?」
トリシアたちの背中で、ちょっと面白がるような声がした。
「って、先生!」
振り返ると、そこに立っていたのはアンリ。トリシアはあわてて攻撃魔法を中断する。
「こ、これはちょーっと脅かそうと思っただけで! いつもはこんな風に攻撃魔法ばっかり使って解決しようとしてるんじゃなくて! い、いつもはすごくおしとやかにしてますって言うか!」
「……どうだか?」
しどろもどろに弁解するトリシアを、隣のレンは白い目で見る。
「と、ところで先生、貴族会議は?」
トリシアは話題を変えようとして尋ねた。
「セルマが知らせにきてくれたから、逃げ出してきたよ。まあ、時間がかかるだけの退屈な会議だったからね。……あとでアムのご機嫌を取らないとまずいけど」
アンリは肩をすくめたアンリは、レンの顔を見る。
「話はキャットから聞いたよ。落ち込んでいたらしいけれど、もう大丈夫みたいだね」
「あ、ええっと?」
レンは視線をそらす。