次期学習指導要領の改訂に際し重要なキーワードとなっているのが「教育の情報化」である。児童生徒の情報活用能力の育成や、教科指導におけるICT活用はますます重要性を増している。この教育の情報化について、長年最前線で活躍してこられた東京工業大学名誉教授・清水康敬先生に、これからの時代に必要な能力と教育の情報化の未来についてお話をうかがった。
電波吸収体の研究から教育工学の世界へ、やがて教育の情報化の推進役へ
もともと私は電磁波や電波吸収体(電波を吸収して反射しないもの)に関心を持っていて、大学院生の時から始めて、企業に勤めていた時も、大学へ通いながらその開発に携わっていました。助手として働いていた時には、テレビ電波の反射によって生じる「テレビゴースト障害」が社会的問題となっていたのですが、その際に設計した電波吸収体は今でも東京都庁の上層部の壁面に設置されています。
また、本州と四国を結ぶ連絡橋が建設されることになった際にも、私が設計したゴムシートが橋の一部に施工され、レーダー偽像の防止に役立てられました。
教育工学分野で活動するようになったのは、1973年に東京工業大学教育工学開発センターの助教授に着任したことがきっかけでした。このときは遠隔教育システムの設計に関わり、キャンパス間を接続した遠隔授業の実験などを行いました。さらに通信衛星遠隔教育システム(通称:ANDES)を完成させ、全国の大学間をつなぐための本格的な展開に携わりました。またそれに伴い、遠隔地の学生にとっても授業がより円滑・効果的に行われるように、著作権法の改正なども行いました。そして、教育工学会設立時に理事に選出されたことをきっかけに学会の運営にも携わるようになり、財政基盤の建て直しや、「教育工学」が科学研究費補助金の文科細目に認定されるための活動などを行いました。
定年退職後は文科省の国立教育政策研究所・研究情報センター長に任命され、「教育の情報化プロジェクト」のなかで教育情報を国が提供するシステムの構築を任されました。その後はICT活用による効果測定や、教員のICT活用指導力の向上の検証、ICT活用に伴う著作権法の改正などを行ってきました。
ICT活用促進の要は、教育効果のエビデンスと教員の指導力向上
ICT(情報コミュニケーション技術)の活用促進については、その効果といったエビデンスを示すことが重要だと考えています。ICT活用に関する先進事例を持つイギリスでは、専門の研究所が出すエビデンスに基づいて教育政策の取り決めが行われていたため、私も何度か訪問させていただきました。2004年に独立行政法人メディア教育開発センターの理事長に就任してからは、国が情報教育を推進するにあたり、ICTを教育で活用した場合の効果測定に関する研究を文科省から委託されました。それを受けて全国各地の教員を対象に実証実験を行った結果、児童生徒の学習に対する意識調査から、「思考・表現」、「知識・理解」、「関心・意欲」の全ての因子について、ICTを活用した授業の方が高い評価であったこと、また実際に成績が上がったことが明らかになりました。今後もICTの導入を進めていくうえでは、このようなICTの教育効果を示すためのデータの収集・エビデンスの提供を継続していく必要があるでしょう。
また、先生方のICT活用指導力の向上も重要です。日々の授業を、「教員のICT活用指導力の基準(チェックリスト)」と照らし合わせながら振り返っていただけたらと思います。ICTが日常の授業で何気なく使われることが当たり前の環境になるよう、自治体・産業界などが先生方を支援してくださることを心から願います。
21世紀型スキルと情報活用能力の育成
アメリカの教育省が2003年に発表した21st Century Skillsの「Skills」は、必要最低限の能力を指す「コンピテンシー」よりも幅広い概念です。これからの社会で生きていくうえで必要な能力が6つの要素としてまとめられましたが、そこにおいてもICTをツールとして活用する能力が重視されています。そしてこの概念は、現在でもアメリカの過半数の州が、21世紀を生きる者として必ず身に着けなければいけない能力として授業に反映させています。また、イギリスでも21st Century Skillsについては教育省がリーダーシップをとり、官民連携で推進されてきました。特に、イギリスはICT教育について①学力の向上と、②産業界の発展という両輪を目標に掲げ、一定の成果を収めました。
こうした動向は、日本における21世紀型スキルの議論につながりました。現在日本は教育の大きな転換期を迎えていて、今回の学習指導要領は多くの改訂が為されました。ICT活用についても記述が盛り込まれ、さらにグローバル化に対する英語力やプログラミング学習、論理的思考の育成などについても触れられ、それに対する政府の方針も示されています。ここで重要なのは、ICT活用が情報教育だけではなく、各教科における指導で日常的に行われ、今後の時代に必要な情報活用能力の育成として活用されることです。これらをバランス良く行っていくことが、日本における教育の情報化のコンセプトを確立するうえで必要な土台になると思います。そのうえでICT活用を含めた21世紀型スキルの育成は、学校教育にとどまらず、高等教育、そして産業界へとつながっていく視点を持つこともまた忘れてはいけません。
大学の役割と、これから求められる人材像について
これからの大学の役割として重要なのは、小学校から体系的に積み上げてきた知識・スキルが、さらに発展させられるような環境を用意することです。小・中・高等学校で何を身に着けてきたのか、その力はどの分野でどのように活かせるのか、そういったことを大学や学部の目標とも関連付けて実践してほしいですね。大学はこれまでも情報活用能力の育成を行ってきましたが、学習指導要領の改訂に伴い、これから小・中・高等学校で育まれる情報活用能力と照らし合わせて、改めて大学としての定義を捉え直す必要があると思います。
これから大学がどのような人材を育成するかという観点でいえば、キーワードは三つです。それは、「専門」と「英語力」、そして「異文化対応力」です。
「専門」があるということは、自分がチャレンジ精神と責任感、創造力を発揮できるものがあるということです。しかも、専門は一つでなく複数あるほうが良い。ただし、浅い専門の寄せ集めではなく、一つの深い専門を柱として、他の専門とつながっているようなイメージです。ある分野を深く探求する経験は、深い知識に裏付けされた洞察力を持つことにつながります。それはビッグデータ時代に欠かせないもので、何のためにデータを集め、それをどのような観点でどのように分析するかは、機械やAIではなく、人間が考えなければいけないことだからです。
次に、「英語力」です。英語力は専門性を高めるための土台となります。今は世界中がインターネットでつながっていますから、日本からの視点だけで物事を捉えるのは不十分です。一つの物事に対して、多角的な視点を持ち、それを統合したうえで自分の考えを伝える必要があるのです。そのときに、英語の情報を日本語に変換して思考し、さらにそれを英語に変換して発信しているようでは国際競争のスピードに勝てません。英語で理解し、思考し、発信する力が必要なのです。
最後に、「異文化対応力」です。世界中の人と向き合い、学びあうときには欠かせない力です。異文化のコミュニケーションは、お互いの文化や歴史を理解し、尊敬し合うことから始まります。自国の文化への理解と、他国の文化への想像力を育むには、幅広いリベラルアーツの学びが必要です。その経験が、今その場で話題になっていることに入っていくことができる力につながり、それがさらに質の高い異文化対応力を作り上げるのです。
明るい未来に向けて
私は長年教育の情報化に携わってきて、これらの成果は日本の教育改革において重要な役割を果たすと信じています。
教育の情報化は、国と自治体、産業界の連携が非常に重要です。国全体で教育の情報化を進めるにあたり、現在は自治体内部での温度差が大きいのが現実です。機会が均等にいきわたるよう、国と自治体、産業界は手を取り合い、連携体制を構築してほしいと思います。
また、先生方には、ICT活用の効果を日々の授業のなかで実感していただきたい。効果はエビデンスだけではなく、先生自身が実感することが大切です。そこで感じたことを記録に残していけば、それが次の可能性につながります。
今回の学習指導要領の改訂が、日本の明るい未来につながることを信じています。
インタビュー 栗山 健/文・撮影 大塚 恵理子
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東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。71年工学博士(東京工業大学)。(株)第二精工舎、東工大助手、助教授を経て1985年同教授。教育工学開発センター長、大学院社会理工学研究科長、2001年国立教育政策研究所・教育研究情報センター長。99年文部大臣賞受賞。2000年郵政大臣表彰。2011年総務大臣表彰。現在、東京工業大学学長相談役・名誉教授。