WEB限定 書き下ろし小説

スペシャル企画 南房秀久先生 HP限定書き下ろし 恋愛、タルト、ショーンの災難!!

「で、まず何の特訓をするんだ?」
 学校からの帰り道。
 ショーンはベルにたずねていた。
「お菓子作り。一番簡単(かんたん)そうだし。」
 これを聞いたアーエスは、非難(ひなん)の目をショーンに向ける。
「命知らず……ベルの料理のうで……知ってるくせに……どうしてお菓子(かし)なんか……。」
「ふふふ、そこがぼくの頭のいいところだ。」
 ショーンは不敵(ふてき)に笑って、アーエスにささやく。
「タルトに絶対必要なシトラスベリーは、もう季節が終わりで、王都では手には入らないのだよ。だから、タルト作りもあきらめるしかない。」
「……あまい……あますぎる。」
 ショーンほど楽観的になれないアーエス。
「え?と、タルトは前に作ったことあるのよね。」
 ベルはくちびるに指を当てながら、思い出すようにつぶやく。
「確(たし)か材料は、バター、砂糖(さとう)、小麦粉、ミルクだったっけ?」
 その真っ黒コゲのタルトを試食をさせられたのがショーンで、それから半月ばかり彼(かれ)が悪夢(あくむ)にうなされたことは都合よく忘(わす)れているようだ。
「ま、だいたい家にあるわね。買わなくちゃいけないのは……シトラスベリーだけ、か。……ショーン、アーエス!」
 ベルは二人をふり返った。
「中央広場まで行くわよ!」
「ほら、これでシトラスベリーがなければ、さすがにあきらめるさ。」
「どう……かな?」
 二人はベルの後に続いて、市が立っている広場へと向かった。

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「お、シトラスベリーかい? 残念だったねえ、おじょうちゃん。」
 中央広場に露店(ろてん)を出していた果物(くだもの)売りのおじさんは、困ったように頭をかいた。
「まさか、売り切れ!? うそでしょ!?」
 信じられないといった顔でにらむベル。
「ああ、ついさっき、最後の一個(こ)が売れちまったよ。」
 ベルの剣幕(けんまく)に、おじさんも引き気味だ。
「次、いつ入荷するのよ!」
「もう収穫期(しゅうかくき)も終わりだからなあ。たぶん来年……。」
「で、でも! どこか取れるところはあるんでしょ!?」
「ん?、あるとすりゃあ……南の森かな。」
 おじさんはうで組みをして考えた。
「ま、あそこは危険だから、だれも取りに行かないがね。」
「南の森か……危険だからやめよう。」
と、ベルにささやくショーン。
 南の森は別名『出口なしの森』。
 旅人が迷いやすい森で、ショーンたちも、アンリからひとりでは絶対に行かないように言われているのだ。
「行くわよ! そう、そこにシトラスベリーがある限(かぎ)り!」
 ベルは黒髪をかき上げて、ビシッと南を指さした。
「あたしたちは魔法使いだもの! 『探知(たんち)』の魔法をうまく使えば、迷うワケがないわ!」
「まだ……魔法使いの……タマゴ。」
と、細かい訂正(ていせい)を入れるアーエス。
「タマゴだろうがヒヨコだろうが問題なし! 南の森では、おいしいシトラスベリーがあたしを待ち、あたしの手作りタルトを、レン先輩は待っているのよ!」
 ベルはショーンとアーエスのうでをつかんだ。
「さあ、出発よ! もちろん、にげたりしないわよね?」
「……はい。」
「うう。」
 にげたいと心底思っていても、それを口にできる状況(じょうきょう)ではない。
「シトラスベリーが……なければ……お菓子作り……あきらめる……はずじゃ?」
 ショーンをうらめしげにじ?っと見つめるアーエス。
「ベルの行動力を過小評価(かしょうひょうか)していた……みたいだ。」
 ベルが常(つね)に自分の想像力(そうぞうりょく)の上をゆく存在(そんざい)であることを、思い知ったショーンだった。