後編
「……立てるかい?」
座り込み、肩で息をしているレンに、アンリは手を差し出した。
「あ、あったり前だ!」
そう見栄を張っても、結局、一人では立てないのか、レンはアンリの手を握る。
「助けられたの、これで三度目だな」
立ち上がりながら、レンは言った。
「そうなるかな?」
と、アンリは気にも留めていないようである。
「少し、歩かないか?」
「し、仕方ないな」
レンは鼻の頭をかいてうなずいた。
* * *
「お前、親は?」
大レーヌ川の桟橋にアンリと並んで腰を下ろしたレンは、川面に石を投げながらたずねた。
「死んだよ。ずいぶん前に」
夕陽に赤く染まる川を見つめながら、アンリは答える。
「俺といっしょだな。戦争か?」
「いや」
アンリは頭を振った。
「もっと前。僕の命を狙う連中がいてね。父と母は、そいつらから僕を守ろうとして死んだらしい」
「らしい?」
「赤ん坊だったからね。父の友人だった人から、聞いた話」
「そっか」
レンはまた石を拾い、川面に投げる。
「……なあ、最初に会った時に、いっしょにいた美人」
「美人?」
「ほら、黒髪の、すらりとした」
「……ああ、アムのこと」
「知らねえよ、名前は」
「そりゃそうだ」
と、アンリ。
「でも、よく女の子だって分かったね。あの時は男装してたはずだけど?」
「そのくらい分かるって。……って、もしかして、気がついてなかったのか?」
「う」
アンリは言葉につまる。
アムレディアが女の子だと気がついたのは、出会っていっしょに旅をして、しばらくたってからのことだったのだ。
「あ、あの時にはもう気がついてたよ」
「お前、もしかして、鈍い?」
「……よく言われる」
「でさ、話戻すけど、あの美人、お前の恋人?」
「違う違う」
アンリはちょっとあわてた様子で否定した。
「あの人は王女。僕はただの家臣だよ。それも、なりたての」
「お、王女! あの人がアムレディア王女なのか!」
「知ってるんじゃないか?」
「当たり前だろ! 馬鹿にすんな! ってことは、お前、王女様の恋人なのか!?」
「だから、違うって」
「すげえ!」
「……まず、人の話を聞かないその性格を、なんとかして欲しいな」
「な、な、な!? 王女ってどんな人だ!? なあ!?」
身を乗り出すレン。