今回、この貿易船が向かっているのは、イングランド。
オーウェンの故郷である。
イングランドで絹や美術品を売り、代わりに毛皮などを持ち帰るのがフランチェスコの役目なのだ。
「僕は、お目付け役って名乗っているフローラのお目付け役。同じく、フローラのお母さんに頼まれたんだ」
と言いながら、オーウェンはロープを引いて帆の角度を変える。
「なんですって! そんなこと、聞いてないから!」
フローラはオーウェンをにらみつけた。
「船から陸が完全に見えなくなるまで、黙っててくれって言われたんだ」
オーウェンは肩をすくめ、ロープを固定した。
「さすがにそこまで着たら、船を引き返させろって言わないだろうからって。……よっと!」
「お、お母様ときたら!」
フローラはドンと船の甲板を踏みしめ、鼻の頭にしわを寄せる。
「……分かりましたー、つまり、フローラさんとお兄さんは、ご両親から信頼されていないんですねー」
スピカは納得したようにポンと手を打った。
と、そこに。
「……はっきり言うのう、この娘も」
くたびれた中年の男が、ふらふらと船室から出てきて眉をひそめた。
この中年はパラケルスス。
ものすごく役に立たないように見えるが、これでも偉大な錬金術師でフローラたちの師匠だ。
「まあ、実際あの様子を見ていると、ダンドロ家の将来はあまり明るくない気もするが……」
パラケルススはそう言うと、チラリとフランチェスコを見る。
「わたしとお兄様をいっしょにしないで! わたしはお兄様と違って、マストから飛び下りようとして帆を破いたこともないし、船の壁に絵を打ちつけようとして穴を開けたこともないし、勝手に舵をいじって海のど真ん中で船を迷子にしたこともないし……」
「そんなことやってるおるのか、あの男?」
パラケルススの顔が不安で青くなった。
「まあ、キプロスまではそう長い旅じゃないし、フランチェスコだってみんなに迷惑かけることはないさ」
オーウェンはフローラをなぐさめるように肩に手を置く。
「……だといいんだけど」
兄の歌声に眉をひそめながら、フローラはつぶやいた。