と、唇を尖らせたフローラが、ふと前方に目をやると。
「?」
海底の岩と岩の隙間に、巨大な灰色のものがうごめいているのが見えた。
「なに、あれ?」
フローラはオーウェンの肩に手を置き、身を乗り出す。
「大イカだと思う」
オーウェンが答えた。
「クジラを襲う大イカがいるって話は、何かの本で読んだことがあるけど、本物を見るのは初めてだよ」
それは現代でいうダイオウイカの仲間だった。貿易船と同じぐらいの大きさの胴体を持つ巨大なイカが、長い触手をうねらせて、ゆっくりと海底を移動しているのだ。
「ねえ! あの大イカの前に海ヘビをおびき寄せたら?」
フローラは提案した。
「うまくいくかも!」
オーウェンはうなずくと、レバーを押して潜水艇を海底近くまで潜らせる。
海ヘビも身体をくねらせ、その後を追いかけた。
そして。
ドン!
潜水艇は大イカの胴体にまともに突っ込んでしまい、はね上がってクルクル回転した。
「きゃっ!」
反動でオーウェンの胸元に飛び込んでしまったフローラが、顔を赤くして抗議する。
「ちょ、ちょっと乱暴過ぎじゃない!?」
「ちょっとした操縦ミス」
オーウェンはなんとか潜水艇を安定させるのに忙しい。
大イカは潜水艇に気がつくと、エサだとでも思ったのか触手を伸ばしてきた。
その触手に、同じく潜水艇を狙っていた海ヘビがガブリと噛みつく。
突然、噛みつかれた大イカは反撃。
潜水艇そっちのけで、大イカと海ヘビの戦いが始まった。
「今のうちよ!」
「了解!」
オーウェンはレバーを引き、潜水艇を上昇させる。
「……イカには迷惑だったかしら?」
後ろの窓から戦いの様子を見つめ、フローラがつぶやく。
「どっちかがエサになるか、それともあきらめるか……」
オーウェンは肩をすくめた。
「見とどけるのは遠慮したいよ」
やがて、海面の光が見えてきた。
ザブン!
潜水艇は波を割るようにして水上に出ると、貿易船のところまで戻る。