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「ど、どうして僕が?」
かわいそうなのは、星見の塔で魔法の研究をしていたところを呼び出されたレンである。
「だってレン、前にアム王女にお作法や話し方の特訓、受けたんでしょ? それをシャーミアンに教えてあげてよ」
トリシアはものすごく簡単そうに言った。
「けど、パーティは夜だろ? たった半日で?」
と、レンは無理だというように頭を振る。
「王女には、もっと短い時間で教えてもらったくせに」
トリシアは責めるような口調になる。
「あの時のことは……思い出したくない」
レンは目をそらし、ふっとため息をついた。
アムレディア王女。
見た目は優しいが、教師の役割を与えられた瞬間、アンリの五千倍はきびしくなる人である。
レンはいまだに、アムレディアに声をかけられただけで、ビクッとすることがあるくらいなのだ。
「お願いする、レン! この通りだ!」
頼むシャーミアンは必死の表情だ。
「……わかったよ」
レンはふうっと息をつくと、本棚から一冊、厚めの本を取りだしてシャーミアンの頭の上に置いた。
「じゃあ、まずは歩き方。この本を落とさないようにまっすぐ歩いて」
「ふっ、簡単だ」
シャーミアンは自信たっぷりに歩きだし……。
ドサッ!
「!」
一歩目で本を落とした。
「…………」
重たい本の角が右足の小指に命中し、シャーミアンは座り込んで涙目になる。
あまりの痛さに悲鳴も出ない。
「はい、やり直し」
いったん教えるとなると、レンもアムレディア並みにきびしかった。
もう一度、本をシャーミアンの頭の上に載せる。
「そ、そーっと」
今度は慎重に歩くシャーミアン。
だが。
「ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ! なってない、全っっ然なってない! もう一回、最初から!」
レンはシャーミアンの歩き方を見て、首を横に振った。
「どこが悪いの?」
横からトリシアがたずねる。
「まず、胸を張りすぎてる! ふだん、馬に乗ってばかりいるから、脚がガニ股になってる! それに本のことを気にし過ぎて、目がずっと上を向いたままだ!」
レンは別の本を取り、自分の頭に載せた。
「貴婦人の歩き方は……こう! 優雅に、肩を振らず、微笑みを絶やさずに!」
レンは本を全く揺らすことなく、まっすぐに歩いて見せた。スカートを履いていたら、貴婦人と間違えそうなくらいだ。
「ほー」
「す、すごい!」
思わず拍手するトリシアとシャーミアン。
「このくらいは当然! はい、二人ともこれができないと次の段階にいけないぞ!」
レンはもう一冊本を取り、トリシアの頭にも載せる。
「わ、わたしもなの!? 関係ないでしょ!?」
「ひとりだけ見学は許されない!」
「ひーっ!」
こうして、トリシアも特訓に加わることになった。