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「そうだ、会話は!?」
トリシアが提案する。
「気の利いた会話ができれば、たちまちパーティの人気者になれる……かも?」
「き、気の利いた会話?」
剣で石をぶった切れと言われれば、簡単にやってのけるし、ゴブリンの盗賊団を捕まえろと言われれば、たちどころにやってみせる。
だが、会話となると専門外。
自信はゼロだ。
「無理! 絶対、無理だ!」
シャーミアンはイスに座り込んだ。
しかし。
「じゃじゃーん! そういう時には、このイヤリングと指輪のセット!」
トリシアは薬品棚の引き出しから、銀のイヤリングと指輪を取り出した。
「これは?」
少し大きめで、きれいな彫刻がしてあるイヤリングを見て、可愛いものやきれいなものが大好きなシャーミアンの目が丸くなる。
「星見の塔の倉庫から(勝手に)借りてきたの。つけてみて」
「こ、こうか?」
と、言われた通りにするシャーミアン。
「で、わたしがこっちの指輪をして……」
指輪を中指にはめたトリシアは、シャーミアンたちから離れて、隣の待合室に向かう。
「話しかけるの。どう?」
「うわ、聞こえた!」
トリシアは扉一枚をへだてた隣の部屋。
だが、指輪に話しかけたその声は、耳元でささやかれたかのようにはっきりと聞こえた。
「これはなんなんだ?」
シャーミアンはイヤリングに触れながら尋ねる。
「ささやきの装具って呼ばれている魔道具の一種よ。指輪とイヤリングを別々に持っていると、どんなに離れていても話ができるの。ちなみに、そっちが話す声も私には聞こえるから安心して」
「これを一体に何に使う?」
シャーミアンは、戸惑いの表情を隠せない。
「もちろん、これを使って誰かに話しかけられた時に、どう答えたらいいか教えるの。レンが」
診察室に戻ったトリシアはレンを指さす。
「また僕か!?」
「だって、そういうの得意そうだから」
「もういいかげん関わりたくないんだけど?」
「レン殿、頼む。私を救うと思って」
「……はあー、分かったやるよ」
レンはさっきの三倍は嫌そうに頷いた。
「あと、準備しなくちゃいけないのは、ドレスとメイクよね?」
トリシアは、シャーミアンの頭のてっぺんからつま先までを見て考え込む。
「三兄弟に頼めば、用意してくれるんじゃないか?」
と、レン。
「あの連中が私にちゃんとしたドレスを貸してくれると思うか? きっと、とんでもなく変な衣装を着せて、みんなの前で笑い者にする。そうに決まってる!」
「いくらなんでもそんなこと……うっ、ないって断言できない」
レンの頭に、お腹を抱えて笑い転げるエティエンヌの姿が浮かぶ。
「大丈夫。こういう時に、頼りになる後輩がいるから」
トリシアはニッと笑ってシャーミアンの肩に手を置いた。
* * *
しばらくして。
「普通、ドレスを作るにはデザインから一週間はかけたいところなのだ」
シャーミアンの金髪にブラシをかけ、メイクをしてやりながらブツブツと文句を言っていたのはショーンだった。
ショーンもレンと同じく、トリシアに呼び出され、無理矢理協力させられているのである。
もちろん、金の刺繍が入ったピンクのドレスは、普通に縫ったのでは間に合わなかったので、魔法の力を借りて作った物だ。
「シャーミアン殿のためでなければ、こんな無理はしないぞ」
眉毛を整え、まつ毛をカールさせ、頬に軽くハイライト。本職かと思うほど、ショーンの手際はいい。
「す、すまない」
シャーミアンはうつむいた。
「いや、我が家のパーティのせいで気を使わせて、こちらこそすまない」
ショーンはシャーミアンのあごに指をかけて顔を上げさせ、メイクを続ける。
「……これで完璧。鏡を見るがいい」
ショーンは手鏡をシャーミアンに渡した。
「こ、これが私?」
鏡に映っていたのは、とびきり美しい貴婦人がポカンと見とれている顔だった。
「わたしも今度ショーンにメイクしてもらおうかな?」
と、ちょっとうらやましそうなトリシア。
「土台が違うからなあ」
ぎゅーっ!
余計なことを言うレンの足を、トリシアは思いっきり踏んづけた。
日も暮れて、パーティの時間はもうすぐである。
トリシアは、キャットに頼んで呼んでもらった馬車にシャーミアンを乗せた。