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「ふ、ふつうに歩くことが、盗賊退治よりも大変だとは……」
レンにやっと合格をもらったシャーミアンは、ゼイゼイ言いながら座り込んだ。
しかし、休んでいる時間はない。
「では、これから食事のマナーの練習に入る!」
レンはテーブルにナイフとフォーク、それに豆を載せた皿とコップを並べた。
「この豆をひとつずつ、ナイフとフォークですくってこっちのコップに入れる。もちろん、優雅で美しい動きでだ。はい、はじめ!」
レンはパンッと手を叩いた。
「この豆を?」
「全部?」
皿に山盛りになった豆を見て、トリシアとシャーミアンはうんざりした顔になる。
豆は干したものなので、ずいぶんと硬そうだ。
「や、やるぞ」
シャーミアンはナイフを握り、フォークの方に豆を近づけようとする。
「こ、こうやって……こう!」
もともと、シャーミアンは器用な方ではない。
力が入りすぎ、豆は弾かれたように皿から飛び出した。
ガチ!
ビュン!
豆はものすごい勢いで、レンの額に命中した。
「っ!」
壁まで吹っ飛ぶレン。
「ええっと?」
トリシアは、信じられないといった顔で、ひっくり返ったレンとシャーミアンの顔を交互に見た。
「……すっごい馬鹿力」
「ち、違う! 豆が硬すぎて!」
シャーミアンは言い訳するが、ふつう、どうやっても豆が凶器になることはない。
「だーっ! あり得ないだろ!? 剣を振り回すのと同じ要領で、ナイフとフォークを使う貴婦人って!?」
レンは起きあがりながら、豆が命中して赤くなった額をこする。
「……おっしゃるとおりです」
シャーミアンは小さくなることしかできなかった。
* * *
「す、少し休憩を」
なんとか皿の豆を全部コップに移したシャーミアンは、うるんだ目でレンを見た。
ここまでの被害は皿が八枚、壊れた窓ひとつ、割れた鏡が一枚。すべて、シャーミアンが派手にふっ飛ばした豆のせいである。
「夜までにちゃんとした貴婦人にしなくちゃいけないのに、そんなヒマなどあるかああああああっ!」
レンは耳を貸さない。
「その通りです」
怒鳴られたシャーミアンはシュンとなった。
「では、次はダンスだ!」
「よ、ようやく」
レンの言葉を聞いて、シャーミアンはほっとした顔になる。運動神経には、けっこう自信があるのだ。
だが、ダンスに必要なのは運動神経だけではない。リズム感と上品さ、そして落ち着きが必要だと言うことを、シャーミアンはまだ理解していなかった。
「ダンスにもいくつか種類があるけど、今から全部は無理だから、とりあえずワルツだけ覚えよう」
レンはまず、ひとりで踊ってみせる。
「はい、一、二、三、一、二、三、一、二、三……」
舞踏会に参加したこともあるので、レンのステップはかなり見事なものである。
「脚を引いてー、ここは優雅にクルリ。このくり返しでいいから、やってみて」
レンはそう言いながら、シャーミアンの手を握る。
「あ」
頬を赤くするシャーミアン。
実は、男の子の手を握ったことなど、今までほとんどないのだ。
照れくさく、恥ずかしく、身体がガチガチに緊張する。
「こ、こんな感じ?」
ぎにゅうううううっ!
シャーミアンは器用にも、最初の一歩で同時にレンの右足と左足を踏んづけた。
「す、す、すまない!」
シャーミアンは真っ青になる。
「……」
座り込んだレンの方は、顔が紫色になっている。
「うわー。あとで治癒魔法かけた方がよさそう」
腫れたレンの指先を見たトリシアは、顔をゆがめる。
「今回、ダンスはなし! ダンスに誘われたら、喉が乾いたとか、お腹を壊したとか、ドラゴンが降ってきたとか、適当な理由をつけて全っっっ力で断るように! 被害者をこれ以上出すな!」
レンは壁に手をつきながらふらふらと立ち上がり、言い放った。
「以上、レッスン終わり!」
「うう、このままでは!」
頭を抱えるシャーミアン。
ダンスもだめ、食事のマナーもだめ、歩くのさえだめとなると、パーティでは大恥をかくこと決定だ。