8月

《ハンガリー舞曲》ブラームス作曲

音楽作家：ひのまどか

ブラームスは、あのサンタクロース風の白ヒゲと太鼓腹の肖像画や写真で、大損しています。あれを見る限り、彼が若い頃大変な美青年だったとは誰も思わないでしょう。ところが実際の彼は「天使画を思わせるようなあどけない美少年」であり、「すれ違う人が思わず振り返るほどの美青年だった」と、周囲の人々が語っています。長い金髪がトレードマークのその頃の肖像画が世に出ていれば、ブラームスのイメージも随分変ったでしょうに。

もう１つ余り知られていないのは、彼も又天才級の少年ピアニストだったことです。同時に作曲にも情熱を燃やし、ピアノ・ソナタを始め多くの曲を書いていましたが、当面生活のためにピアニストとして立とうと考えていました。ロマ・スタイルの演奏で大人気のヴァイオリニスト、レメーニと出会ったのは丁度その頃、20歳にならんとしていた時でした。
この約10年後にウィーンに定住し、作曲家として有名になった彼は、36歳の時にロマ音楽を元にしたピアノ連弾用《ハンガリー舞曲》第1集、第2集を、「巨匠」と呼ばれるようになった47歳で第3集、第４集を出版しました。当時は、ロマ音楽＝ハンガリー音楽と思われていたので、このタイトルになったのです。ブラームスというと、重厚で哲学的な交響曲が頭に浮かびますが、その対極にある娯楽性に富んだ音楽も得意だったのですね

ロマに影響を受けたクラシック音楽

このページのトップへ

6月

《ラ・カンパネラ》リスト作曲

音楽作家：ひのまどか

リストの時代は「神童」や「ヴィルトゥオーゾ」が大人気でした。元祖はヨーロッパ中を駆け巡ったモーツァルトでしたが、以降人々は並外れた楽才を持つ子供達を「第２のモーツァルト」と呼んで、もてはやしてきたのです。と書いていて気付いたのは、「あら、日本も同じじゃない！」　日本でも昔から10代前半でデビューするピアニストやヴァイオリニストを「天才」と呼んで誉め称えてきました。とすると「神童好き」は万国共通なのかも。

リストが当時の苛酷な「神童＆ヴィルトゥオーゾ戦線」に参入したのは、11歳の時でした。そしてたちまち「甦ったモーツァルト」と騒がれ、パリで大成功を果しましたが、人々はその裏にどれほどの猛特訓が隠れていたかは知りませんでした。でも、ピアノを学んでいるあなたは知っていますね。最初は苦痛だった日々の練習がその内習慣になり、やがて面白くなってきて、どんどん難しいテクニックに挑戦したくなる。

リストもそうやって第１線のスター・ヴィルトゥオーゾになったのですが、そこで出会ったのが神業の様なテクニックと驚異的な演奏効果で聴衆を熱狂させるヴァイオリニスト、パガニーニ！ この時のショックがリストを超絶技巧の開拓に駆り立てました。そして１年間の血のにじむ様な訓練と努力の末書き上げたのが《パガニーニの鐘による大幻想曲》だったのですが、とにかく難し過ぎてリスト以外に弾ける人がいない。「これでは広まらない」と考えた彼は６年後にやや手加減を加えた《パガニーニによる超絶技巧練習曲 第3番「鐘」》に書き直しましたが、これも「演奏不可能」との判決。最終的に40歳の時に難易度を落しながらも演奏効果を最大限に活かした《ラ・カンパネラ》に改訂した事で、世界中のピアニストのレパートリーになったのでした。既に華やかなヴィルトゥオーゾの世界から身を引き、作曲と後進の指導に専念していたリストの、見事な「先見の明」でした。

《ラ・カンパネラ》リスト作曲

このページのトップへ

4月

《革命のエチュード》ショパン作曲

音楽作家：ひのまどか

ショパンは多分、いえ確実に、過保護に育てられました。3人姉妹の中の１人息子、病弱、音楽の天才ときたら、大事に大事に育てなくてどうしましょう！ 結果ショパンは家族からは元より、師たちから、友人たちから、ポーランド貴族たちからも大切にされ、国中から期待を寄せられる希有な存在になりました。その期待ゆえに、外国の大都市での成功を自らに課さなくてはならなかったのです。

ワルシャワを発つ時のショパンの胸中は察して余りあります。20歳になっていたとは言え、心優しく、繊細で、気の弱い若者は不安と緊張の固まりになっていたでしょう。その彼を支えようとウィーンに同行してくれた親友ティトゥスが、ロシアの圧政に抵抗するワルシャワ蜂起を聞き急遽ポーランドに帰った後、ショパンはポーランドに冷淡なウィーンに取り残されました。８ヶ月後、何の成果も上げられないウィーンに見切りを付けてパリに向かう途上のシュトゥットガルトで、彼はワルシャワ陥落を知ったのです。

全12曲の《エチュード》Op.10は、番号順に作曲された訳ではありません。今の配列は出版の際にショパンが決めたもので、作曲年代はかなり前後しています。最新の研究では、第１番と第２番がワルシャワを発つ直前、第６番と第７番がウィーン滞在中、そして第12番《革命のエチュード》がワルシャワ陥落を知ったシュトゥットガルトで着想され、それ以外はパリの初期に書かれたと言われています。ワルシャワ時代の繊細で詩情あふれる作品群や画期的な演奏技術を冷静に盛り込んだエチュード１、２、６、７番と、12番とは、どんなに違っているでしょう！ ここにはショパンの怒りの爆発、反抗の叫び、むせび泣きが激しくうねるアルペッジョ、叩き付けるオクターブとなって迸（ほとばし）っています。《革命》は、正にショパンの人生の転機を告げる曲、弱かったショパンが「音楽の革命家」に生まれ変わったことを告げる曲なのです。

このページのトップへ

2月

《エリーゼのために》ベートーヴェン作曲

音楽作家：ひのまどか

ベートーヴェンはどんな青春時代を送ったのでしょう？ 我々の頭には伝記に必ず出てくる幼少期の「酔った父親に叩き起こされ、泣きながらピアノを弾く」エピソードが焼き付いているので、きっと青春も暗かったのだろうと思ってしまいます。ところが実際は、その正反対でした。彼は13歳からボンの宮廷楽師として働き、早くから楽才を認められ、友人や支援者にも恵まれて明るく充実した青春を送っていたのです。

恋も沢山していました。友人たちの証言によると「10代の頃からひっきりなしに誰かに熱を上げていた」そうです。彼の幸せなところは、一度恋に落ちると有頂天になり、全てを自分の都合の良い方に取ってしまうことでした。21歳でウィーンに移ってからは、自身は平民なのに恋の対象を身分の高い貴族や大富豪の令嬢たちに求め、結婚願望にまで突っ走ったので、必然的に手痛い失恋の連続でした。その最たるものが、39歳の時の富豪令嬢テレーゼ・マルファッティ（18歳）への求愛です。

当時のベートーヴェンはウィーンの最高位の貴族多数をパトロンに持ち、皇帝の弟ルドルフ大公他2名の貴族から年金を贈られ、耳が悪い事が知れ渡っているのに名声は高まる一方でした。それ故、自分にはテレーゼと結婚する資格は十分あると考え、彼女の両親も自分のプロポーズを待っていると思い込み、友人を介して結婚を申し込んだのです。結果は惨敗、いつも通りの偉大な勘違いでした。この恋の最中にテレーゼに贈ったのが、後に《エリーゼのために》のタイトルで出版されるピアノ小品だったのです。

でも、ベートーヴェンを気の毒に思わないで下さい。今回も彼の立ち直りは早く、2年後には未だに相手を特定出来ていない「不滅の恋人への手紙」を書いているのですから。その3通の熱烈なラブレターは、ベートーヴェンが恋の歓喜と苦悩からエネルギーを得て、巨人的な作品を次々に生み出して行ったことを物語っています。

ベートーヴェンが女性に捧げたピアノ曲