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翌日。
本部に出頭したシャーミアンがまず会ったのが、ヴィクトルと名乗る馬番の老人だった。
「ほう、荷物が少ないな」
シャーミアンの背負う革袋を見て、老人は目を細くした。
「両親を亡くしてから、ずっと伯父の家に厄介になっていたもので。自分の持ち物はこれで全部です」
伯父や伯母には優しくされたが、シャーミアンは素直に甘えることが下手で、何かをねだることはほとんどなかったのだ。
「とりあえず、荷物はそこに置いておくがいい。後で部屋に案内しよう。従者の部屋は大部屋だが……」
「構いません。にぎやかな方がいいです」
「そうか」
ヴィクトルはうなずくと、中庭に向かって歩き始める。
「ついておいで。まずはお前さんの面倒を見る騎士に引き合わせよう。確か、厩舎にいたはずだが……」
「は、はい」
とうとうあこがれの騎士に会える。
(自分が仕えるのは、どんなに立派な方なのだろう?)
シャーミアンは期待に胸をふくらませ、ヴィクトルについてゆくことにした。
騎士の馬を飼っておく厩舎は、本部を出て左手にある細長い建物だった。
「さてと、あいつら、どこにいったのやら……」
ヴィクトルは、外でシャーミアンを待たせ、厩舎の中に騎士を探しに行く。
しばらく、大人しく待っていたシャーミアンだが、やがて、厩舎の裏手から声が聞こえてくることに気がついた。
声の主は、どうやら男の子たちらしい
(従者かな?)
シャーミアンは厩舎から移動して、ひょいと裏の方をのぞき込む。
年は十代の前半ぐらいだろうか?
一番背の高い、真面目そうな少年を中心に、竪琴を背負った黒髪の子、そして、陽気な瞳をキラキラさせた巻き毛の少年が、ていねいに馬の体を洗ってやっている。
「ん? 新しい従者か?」
黒髪の子供がシャーミアンを見た。
「へえ、きれいだね~」
と、巻き毛の子。
「そうでもない」
黒髪の子は即、否定する。
「性格はきつそうだな」
真面目そうな男の子がそう言うと、黒髪の子はさらに付け加える。
「恋人はいないだろうな」
これを聞いて、シャーミアンはカチンとくる。
「お前ら! 初対面の人間に失礼だろう!」
シャーミアンが腰に手を当てて怒鳴ると、三人は笑った。
「ほら~、失礼だって」
巻き毛の子が、真面目そうな子をひじでつついて注意する。
「確かにな」
うなずく真面目そうな男の子。
「ふん」
黒髪の子は鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
(こ、こいつら! まるで教育がなってない! 親の顔が見てみたいものだ!)
「いいか、君たち、年上の者に対してはもっと敬意を……」
と、さらにシャーミアンが説教しようとしたその時。
「おお、いたな」
ヴィクトルがやってきて、三人とシャーミアンの間に入った。
「シャーミアン、この三人が、お前さんが使えることになる騎士だ」
「……………………………え?」
あ然とするシャーミアン。
「こ、こ、この子供たちが?」
「若くて騎士だということは、それだけ優秀だということだ、おろか者め」
腕組みをした黒髪の男の子が、バカにした顔でシャーミアンを見る。
「左から、プリアモンド、リュシアン、エティエンヌ」
ヴィクトルは紹介した。
「プリアモンド、リュシアン、エティエン……!」
名前をくり返しながら、シャーミアンは途中でハッとなった。
「ま、ま、まさか!? サクノス家の三兄弟!?」
武勇に優れた長男プリアモンド。
芸術の申し子、楽師としても一流の弓の使い手、次男リュシアン。
どことなく憎めない、陽気で優しい三男エティエンヌ。
アムリオンの王都で、この三人の名を知らぬ者はいない。
「と、いうことは団長のご子息……」
シャーミアンは、その場に崩れ落ちそうになった。
「そ~だよ」
巻き毛の子、エティエンヌが微笑む。
「やれやれ、ギリギリ合格の落ちこぼれを押しつけられるとはな」
肩をすくめたのは、黒髪のリュシアン。
「試験の成績は関係ないさ。だから、私たちがこの……ええっと?」
一番年上のプリアモンドは、たずねるようにシャーミアンの顔を見る。
「……シャーミアンだ……です」
シャーミアンは言い直した。
「そう、シャーミアンの騎士としての資質を、この目で確かめるんだろう?」
「そっか~」
「面倒な……」
「では、これからよろしく頼むぞ」
ヴィクトルは苦笑しながら三兄弟に念押しすると、ポンとシャーミアンの肩を叩く。
「とりあえず、今日一日を無事にな」