5
「……ね、寝られなかった」
翌日の夜明け前。
シャーミアンは、モゾモゾと寝台から這い出した。
昨日まで、親せきの家でひとり部屋をもらっていた彼女も、今日からは大部屋暮らし。
従者の大部屋には、シャーミアンより年下の子供ばかりが二十人近くいる。
泣いたり笑ったり、寝台の上で跳びはねたり。
ギャアギャアワイワイ、夜遅くまでうるさいことと言ったら……。
その上、子供は朝早くから元気だ。
ドッタンバッタン!
太陽が地平線の上に顔を見せないうちから、耳元で騒音が鳴り響く。
「まだ従者になって二日目だというのに……なんで私はこんなに疲れているんだ?」
つぶやくシャーミアン。
とにかく、着替え、顔を洗って、シャーミアンはフラフラと厩舎に向かった。
厩舎ではヴィクトルが待っていて、シャーミアンを一頭の小さな白馬の前に連れていった。
「こいつがお前さんの馬だ。まだ乗るには小さいが、このくらいから面倒をみてやれば、心強いお前さんの相棒になってくれる」
まだ幼い白馬はシャーミアンを見ていななくと、鼻先をすり寄せてきた。
「私の……馬」
シャーミアンはようやく、従者になれたことを実感し、胸が熱くなる。
「この子の名前は?」
「好きに名づければいい」
「じゃあ……」
シャーミアンは馬の顔をなでながら、その目が鮮やかな青色であることに気がつく。
「……サファイア」
「いい名だ」
うなずくヴィクトル。
「ふふふふ」
シャーミアンはサファイアに頬ずりする。
「よろしく、サファイアちゃん」
と、その時。
「ほう、ずいぶんと可愛い顔もできるんだな?」
背中の方から声がした。
「!」
シャーミアンが振り返ると、そこには面白くなさそうな顔をしたリュシアンの姿があった。
「リュ、リュ、リュ……」
「リュシアンだ。俺の名前を忘れたのか?」
「だ~っ! 違う! どうしてここに!?」
「どうしてもなにも、ここは騎士団本部。俺がいて何がおかしい?」
「な、何も聞いていないだろうな!?」
「ふふふふ、よろしく、サファイアちゃ~ん」
リュシアンは声真似をしてみせる。
「あ~っ!」
シャーミアンは頭を抱えて座り込んだ。
「どうやら、今日は俺がお前の面倒を見る番らしい」
リュシアンはそう言うと、自分の黒馬を引いてきてまたがった。
「ついてこい」
「……まさか、また見回り?」
「そうなるな。他にやることもない」
さっさと門の方に向かうリュシアン。
「ま、待って! まだ朝食も!」
「よかったな。やせられるぞ」
「わ、私は太ってない!」
こめかみの血管が切れそうになるほど、顔を真っ赤にして抗議するシャーアミアン。
それでも、ついてゆくしかないのが、従者のつらいところだった。
「きゃ~!」
「リュシアン様~!」
「すてき~!」
「かっわい~い!」
「こっち向いて~!」
マロニエの街路樹が並ぶ大通りに出るとすぐに、五十人ほどの少女たちがリュシアンのまわりに集まってきた。
どうやらみんな、リュシアンのファンのようだ。
「……やれやれ」
そんな女の子たちを見て、小さくつぶやくリュシアン。
「な、なんなんだ?」
リュシアンの人気を知らなかったシャーミアンは戸惑う。
そんなシャーミアンに、女の子たちが気づいた。
「……あの子、誰?」
「見ない顔だけど?」
「従者?」
「可愛くないわね」
「ずいぶんとリュシアン様にくっついて」
女の子たちの鋭い視線が、シャーミアンに突き刺さる。
「引っ込みなさいよ!」
「リュシアン様のそばに寄らないで!」
「けがらわしい!」
「ど、どうして私が非難されるのだ?」
女の子たちにつめ寄られ、シャーミアンは助けを求めた。
「リュシアン、どうにかしろ!」
「……どうにか……しろ?」
「い、いや、してください!」
「お前たち」
仕方なさそうな顔で、リュシアンは女の子たちに告げた。
「気にするな。こいつは新しい従者だ。石ころだとでも思え」
「い、石ころ!」
シャーミアンは絶句する。
「何、この子? リュシアン様に口答えするなんて、なまいき!」
「石ころのくせに!」
「そうよ、引っ込んでなさいよ!」
「リュシアン様と話そうなんて、十年早いのよ!」
「インケン女!」
「ぶさいく!」
悪口を浴びせる女の子たち。
「あまりいじめるな」
リュシアンは肩をすくめ、いきり立つ女の子たちをなだめる。
「でも~」
不服そうな女の子たち。
「仕方がない。今日は特別だ。お前たちのために一曲弾いてやる」
リュシアンは背中の竪琴を手に取り、馬から下りる。
「きゃ~!」
女の子たちはリュシアンを取り囲んだ。
こうなると、もうシャーミアンのことは放ったらかしである。
おとめ子の
心に生まれし初恋は
夜空にかかる月のよう
時には輝き
時には曇る
甘い吐息
優しい眼差し
どうして私を悩ませる?
もしも
嫌いになれるなら
もしも
離れて暮らせるのなら
それでも今の私には
貴女が与える苦しみさえも
宝に思えてしまうのだ
うっとりとなる取り巻きの女の子たち。
ハッとした彼女たちの間で割れんばかりの拍手が起こったのは、リュシアンが立ち上がって竪琴を再び背負ってからのことだった。
「ではな」
何人かの子とほんの少し言葉を交わしてから、取り巻きに背を向けるリュシアン。
「帰るぞ」
「み、南街区の見回りは!?」
と、あ然とするシャーミアン。
昨日はとにかく、中央広場までは行った。
だが、まだ今日は西街区から出てもいないのだ。
「終わりだ」
「そんなバカな!」
「と、思うなら、お前ひとりで行ってこい」
リュシアンはそのまま、騎士団本部へ馬を向ける。
「待ってくださ~い!」
「リュシアン様!」
ドンッ!
シャーミアンはリュシアンを追う子たちに突き倒され、踏んづけられる。
「……こ、これのどこが……見回り?」
石畳に張りついたまま、シャーミアンはうめいた。