8
三兄弟にバレる前にこっそり本部に帰ろうと、通りに出たところで。
「ねえ、騎士様でしょ?」
シャーミアンは、小さな子供に袖をつかまれた。
「ああ……いや、まだ違う」
従者は騎士ではない。
うなずきそうになったシャーミアンは、あわてて訂正した。
「そっか~」
ガッカリした顔をする子供。
「騎士を探していたのか?」
シャーミアンは身をかがめてたずねる。
「うん。悪い貴族をやっつけてもらおうと思って」
「悪い貴族?」
「このところ、しょっちゅうやって来て、みんなを殴ったり、家を壊したりするやつらだよ」
子供は一瞬、瞳を輝かせたが、すぐにうつむいてしまう。
「でも、騎士様は南街区には来ないんだって。南街区は見捨てられたところだから」
「誰がそんなことを?」
「お父さん」
「……」
シャーミアンは何も言えなくなる。
貴族が守るのは貴族だけ。
白天馬騎士団だけでは、南街区の人々を守る力はないだろう。
「その悪い貴族というのは、どういう連中なんだ?」
それでも、自分が出来ることを探そうと、話をくわしく聞こうとしたその時だった。
ダダダダダダダッ!
馬に乗った数人の若者が突然現れ、街の人々に武器を振るい、あたりにあるものを片っ端から壊し始めた。
「やめろ!」
シャーミアンと話していた子供が若者たちの前に飛び出し、止めようとする。
「邪魔するな!」
先頭の若者が子供を蹴り倒そうと足を出した。
「何をする、小さな子に!」
シャーミアンは子供を抱き上げる。
「なんだ、お前は? 俺たちのお楽しみの邪魔すんのかよ!」
すごみをきかせ、にらむ若者。
だが、もちろんそんなおどしに動じるシャーミアンではない。
「騎士になって戦うのは、敵の兵士やドラゴンなどの怪物だと思っていたが……同じ国、同じ身分の貴族だとはな」
シュッ!
シャーミアンは剣を抜くと、若者の馬の鞍を止めていた帯を断ち切った。
「うおっ!」
ドスン!
鞍がずれ、若者は無様に馬から落ちる。
「あ~あ、こんなことして無事に済むと思ってるのかい?」
そんな仲間を笑いながら、派手な上着を着た軽薄そうなもうひとりの若者がニタニタしながらシャーミアンを見る。
「俺、あのグロット伯爵家の跡継ぎなんだけどねえ」
「……大公の腹心の?」
今、この国を支配しているのは、王も王女でもなく、大公のデュリエ。
グロットはその手先で、市民を弾圧している張本人だ。
「よく分かってるじゃない? だったら、俺に逆らうとどうなるかも、想像つくよね?」
貴族の若者は、顔をゆがませて笑った。
「父上にひとこと言えば、こんなビンボーくさい場所、火の海にできちゃうんだけどなあ?」
「何だと?」
あ然とするシャーミアン。
「うそだと思う?」
グロットの跡継ぎは肩をすくめる。
「剣を捨てな」
と、残りの若者たちがまわりを囲む。
「……」
シャーミアンの手から剣が落ちた。
「それじゃあ、続きを楽しもうか?」
グロットの跡継ぎは仲間に呼びかける。
しかし。
「待て!」
シャーミアンは、グロットの息子の前で進み出た。
「みんなに手を出すな。その代わり、私をなぐれ」
これを聞き、貴族の若者たちは顔を見合わせて大笑いした。
「そっちの方が面白いかもな!」
「やっちまおうぜ!」
ガッ!
さっき落馬させられた若者が、シャーミアンの顔をなぐり、倒れたところを踏みつけた。
「っ!」
シャーミアンは声を上げない。
その代わりに、この程度かという顔で若者をにらむ。
「こいつ!」
怒った若者は、何度もシャーミアンを蹴りつけた。
「がんばるねえ」
「可愛いじゃん」
この様子を楽しそうに見物する仲間たち。
「俺の靴、舐める? そしたら、許してやってもいいんだけど?」
グロットの息子は、シャーミアンの鼻先に泥で汚れた靴を突きつける。
と、その時。
ガゴ~ン!
どこからか鍋が飛んできて、グロットの息子の頭に命中した。
「ぐはっ!」
のけぞって倒れるグロットの息子。
「坊ちゃん!」
仲間がグロットの息子を助け起こしている間に、誰かがシャーミアンのところに近づき、耳元にささやいた。
「こんな連中に、黙って殴られていろと教えたか?」