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「ちょ、ちょっと待って!」
大通りを進むプリアモンドの後をついていくシャーミアンは、中央広場近くまでやってきたところで、息切れを起こした。
重い鎖かたびらを着て、馬と同じ速度で進むのは、けっこう大変だったのだ。
「ん?」
プリアモンドはちょっと振り返ったが、馬の足をゆるめる様子はない。
「あ、あのだな! 私は馬に乗ってない!」
「馬を持っていないのか?」
「馬は買えなかった! 高いんだ!」
「そうか? では、ヴィクトルに言って用意させよう」
「ありがとう……じゃなくて!」
「?」
シャーミアンがゼイゼイいって汗をかいている様子を見ても、何が問題なのか、プリアモンドはまったく気づいていない。
人は良さそうだが、そのあたり、ちょっと鈍そうだ。
「だから! もっとゆっくり進んでくれ!! 追いつけないだろ!」
「……ああ、そういうことか」
ようやく理解したプリアモンドは、いったん馬を止めた。
貴族会議が国の実権を握って以来、王都は一部の大貴族が支配する街になり、住民のほとんどが重い税による苦しい生活を強いられていた。
それでも、街一番の繁華街である中央広場付近には、まだ活気があった。
値段は高いが、店には流行の服や、食料品、生活用品などの様々な商品が並んでいる。
また、それを買うことができる裕福な人々も、早朝から集まっているのだ。
やがて、プリアモンドは知った顔を見つけたらしく、馬から下りて手綱をシャーミアンに渡した。
「ちょっとここで待ってて」
「あ、あの!」
呼び止めるシャーミアンに耳を貸さず、プリアモンドは人ごみの中をヒョイヒョイと進んでゆく。
「……ここでといっても」
シャーミアンは途方に暮れた顔であたりを見渡した。
場所は広場のど真ん中。
人々はみな、こんなところに馬を止めるなんて、と言いたげな迷惑顔でシャーミアンを見て、通りすぎていく。
「わたっ、私の! ……馬じゃないぞ、違うんだぞ」
シャーミアンは訴えようとするが、あまりにも恥ずかしくて声が小さくなる。
「だ~っ! あいつはどこに行ったんだ!?」
シャーミアンは目でプリアモンドを探す。
「……いた!」
プリアモンドは、裏通りに入る角のところに立っていた。
「おい! プリ……!」
と、大声で呼ぼうとして、シャーミアンははっとする。
プリアモンドはひとりではなかった。
女性といっしょ。
それも、人目を避けるように、何かこそこそと話している。
(こ、これは! 見てはいけない場面なのでは!?)
シャーミアンの頬っぺたが真っ赤になった。
(み、見ちゃダメだ!)
そう思いながら、ついついそちらに目が……。
相手はかなりの美女だが、年はプリアモンドよりもずっと上のようだ。
(ちょっと問題じゃないか? いや、そもそも騎士たる者が、年上美女との恋愛にうつつをぬかすなど!)
プリアモンドは小声で話しているので、時々、相手の女性の耳元に顔が近づく。
その度に、シャーミアンはキスをするのかと思ってドキドキしてしまう。
「いかん! 絶対にいかんぞ!」
シャーミアンは思わず口に出す。
「ねえねえ、あのお姉ちゃん、変だよ?」
通りがかりの子供が、シャーミアンを見て笑った。
「し~っ! 指さすんじゃありません! 危ない人だったらどうするの!」
母親は子供の手を握って、さっさとシャーミアンから離れようとする。
「う」
広場の人たちがシャーミアンを見る目に今度は、かわいそう、と言いたげな色が浮かぶ。
そして、永遠とも思える時間がたった頃。
「では、また」
「待ってるわ」
女性との話を終えたプリアモンドが、シャーミアンのところに戻ってきた。
「さあ、戻るぞ」
プリアモンドは馬に乗ると、来た道を戻り始める。
「ええっ! 南街区の見回りは!?」
と、シャーミアン。
「終わり」
(こ、こいつ! 女性と会う口実に、見回りを!?)
シャーミアンは呆れて立ちつくしそうになるが、その間も、さっさとプリアモンドの馬は進む。
「だから! もう少しゆっくり!」
シャーミアンは駆け足で後を追った。