6
「じゃあ、今日は僕といっしょだね」
翌日の朝になると。
今度はエティエンヌがやってきて、シャーミアンの手を取った。
「南街区の見回り、一緒に行こ」
南街区の見回りと言いつつ、シャーミアンはこの二日、まだ南街区に足を踏み入れていない。
「もう、なんだかどうでもよくなってきた」
ここまでくると、シャーミアンもかなり投げやりだった。
「ねえねえ、途中で市場に寄っていいかな? ショーンにおみやげ買うの」
エティエンヌが他の二人と違うところは、徒歩のシャーミアンと馬の歩調を合わせてくれたことだった。
「ショーン?」
シャーミアンはたずねた。
「うちの弟! かっわいいの!」
にっこりとしたエティエンヌは突然、馬の向きを変えた。
「そうだ! 会いに行こうよ!」
「み、見回りは!?」
「そんなの、あとあと!」
エティエンヌはシャーミアンの腕をつかんで馬の後ろに乗せる。
「わっ!」
シャーミアンは、半ば強引にサクノス家の屋敷に向かうこととなった。
「ええと、ショーンはきっとあそこだね」
門を通り、広い敷地を進んで屋敷の裏庭に出ると、色とりどりの花が咲く花壇の前に、小さな少年がジョウロを持って立っていた。
少年はエティエンヌの姿を見ると、あわてて花壇から離れる。
「ショーン、何してんの~」
馬から下りたエティエンヌは、少年を抱き上げて頬ずりする。
「こら、放せ~! む、虫を観察していただけだ! 花をながめていたわけではないからな!」
手足を振り回して暴れる少年。
「これがショーンだよ! 僕らの可愛い弟!」
エティエンヌはようやくショーンを下ろすと、シャーミアンの前に連れてくる。
「で、この人がシャーミアンちゃん。僕らの新しい従者」
「シャーミアン殿」
エティエンヌが紹介すると、シャーミアンの腰ぐらいの身長しかないショーンは、礼儀正しく一礼した。
「ショーン・サクノス・ド・レイヴァーン男爵と申します。お会いできて光栄です」
「シャーミアン・ルシェルボニエ子爵であります」
貴族としての地位はショーンの方が上である。
「従者になって、何日ですか?」
ショーンはシャーミアンの手を取り、軽くキスをしてたずねた。
「……三日目になります」
まだ三日。
もう三十年ぐらい従者をしている感じがする。
「前の従者は二日でやめました」
ショーンはため息をつく。
「あの人たち相手じゃつらいでしょ? でも、負けないで」
「はい」
「それから……」
ショーンは笑顔になると、エティエンヌには聞こえないようにささやいた。
「立派な騎士になって、僕が従者になった時にいろいろ教えて」
「はい」
「これ」
ショーンは一輪の白いバラをシャーミアンに差し出す。
「あなたに似合うから」
「……ありがとう」
シャーミアンはバラを受け取り、握りしめた。
(この小さな弟の方が、兄たちよりもずっと立派ではないか!)
涙がこぼれ落ちる。
この時の白バラを、シャーミアンは後に自分の鎧の胸に刻むことになるのだが。
それはまた、別の話である。
「それじゃ、仕方ないからそろそろ見回り行こっか、シャーミアンちゃん?」
エティエンヌがシャーミアンの腕を引っ張った。
「と、年上なんだから、シャーミアンちゃんとか呼ぶな!」
鼻をすすりながら、シャーミアンは怒鳴った。
「でも、僕は騎士だけど、君は従者」
「ぐっ!」
「それじゃ~ね~、ショーン」
ショーンを抱き上げ、もう一度、頬ずりするエティエンヌ。
「抱っこはやめろ~」
そう言われたところで、聞くエティエンヌではなかった。
「わ、これ、いいね~!」
中央広場にやってくると、エティエンヌはあちこちの屋台をのぞき始めた。
「これと、これも! 絶対、ショーンが喜ぶよ!」
「これがみな……ショーンくんへの?」
山のようなお菓子に花、鉢植え、花の種、それに服。
エティエンヌは買った物を、みんなシャーミアンに持たせる。
「そうだよ~」
エティエンヌはさらに、白百合の模様のブラウスを荷物の上に重ねた。
「これは、女の子の服ではないか?」
眉をひそめるシャーミアン。
「ショーンに似合いそうでしょ?」
「いや、普通着ないだろう!」
「いいの、いいの」
と、エティエンヌは買い物を続ける。
「シャーミアンちゃんは何か買わないの? ドレスとか?」
「騎士にドレスは要らない」
買うお金もないシャーミアンは首を横に振る。
「そっか~、一着ぐらい買ってあげようかと思ったんだけど、じゃあ要らないね」
(それを先に言え~っ!)
シャーミアンは心の中で叫んだが、もう手遅れだ。
そして。
「あ、これから僕、ちょっと出かけるから、この荷物、本部までよろしく~」
シャーミアンが抱えた荷物で前が見えなくなった頃、急にエティエンヌが言い出した。
「あ、ちょっと!」
両手がふさがっているシャーミアンは、止めることもできない。
「あと、これね」
エティエンヌは、シャーミアンの頭に花かごを乗せ、口にキャンデーを突っ込むとフラフラと人ごみの中に消えてゆく。
「ほへを……へんふ?(これを……全部?)」
ポツンと市場の真ん中に残され、とほうに暮れるシャーミアン。
その彼女を、通りがかりの子供たちが指さす。
「あたしも、あのお姉ちゃんが持ってるみたいなキャンデーが欲し~」
「あはは、あのお姉ちゃん、頭にお花のっけてるよ? おっかし~」
(は、恥ずかしい!)
シャーミアンは、全速力で本部に向かって走りだした。。