「てな訳で……火事で校舎が焼けたアリエノール学園だけど、もうすぐ建て直しが終わって、授業が再開できるのよ。これもあたしのお父様が寄付したお陰ね」
ベルは東街区を回りながら、みんなに説明を続けました。
まるでのりで貼りつけたみたいにレンにしがみついているので、心底楽しそうです。
「……だいたい、レンが悪いのよ。デレデレしちゃって」
トリシアはブツブツ文句を言いますが、ベルはまったく気がついていません。
「大レーヌ川の港には、大きな貿易船が月に十四、五隻やってくるわ。もちろん、お父様の船も。お父様の船は、アムリオンでも一番大きな船よ」
「ベルのお父さんは、ショーンのお父さんとは昔からの友人なんだよね?」
レンが質問します。
「あたしのお父様は、アムリオン王国を悪い貴族たちから取り戻すために戦ったひとりなの。アンリ先生やショーンのお父様といっしょにね」
父親の話となると、ベルはとってもうれしそうに目を細めます。
「自慢はいいから、案内を続けなさいよ」
トリシアは腕組みをして、面白くなさそうな顔でうながします。
「東街区の街並みは、夜になって窓に明かりが点ると、ほんとにきれいなの。こっちの金細工通りや楽器通り、山猫座がある芸術家通りなんか、特にね。お店はもちろん充実していて、うちの商会の他にも、北方帝国の毛皮製品を扱うロレンス商会や……」
ベルは通りの両側の店を歩きながら、指さして説明していきます。
「鉱山妖精が作った鉄製品の貿易で有名なゲイラン商会、マイルズ商会に…………ん? マイルズ商会?」
ベルはある店の前までやって来ると、足を止めて首をひねりました。
「そーです、ここが私の営む店舗なのですよ!」
バーンと店の扉が開いて出てきたのは、悪徳商人のマイヤー・マイルズです。
「全国の私のファンの方! お久し振りですなあ、あははははは!」
「わっ! 脱獄犯!」
「でもって、おしゃべりフクロウの子分!」
驚いたのは、トリシアとレンたち。
「う! それは言いっ子なしですよー」
マイルズは気分を害したように首をすくめました。
「でも、脱獄犯がこんなところをウロウロしていいの?」
トリシアは腰に手を当ててマイルズを見ます。
「よくはありませんが、せっかくツアーのみなさんがいらっしゃるというのに、商売しなくてどうするんです?」
「た、たくましいね」
レンはあきれ顔です。
「そりゃあ、根っからの商人ですから」
マイルズは商売人らしい笑顔になると、店の奥から木箱を引っ張り出してきて、ふたを開けました。
「という訳で。どうです、このアムリオン観光ツアー記念のノート!」
マイルズが箱から取り出したのは、ほこりをかぶった、どう見ても売れ残りっぽいノートです。
「えー? これって、ただのノートでしょー?」
突然、エプロン姿のおしゃべりフクロウが、マイルズの隣に現われました。
「また余計なのが……」
トリシアがため息をつきます。
「いえいえ! よっく見てくださーい!」
マイルズは続けました。
「あー、こんなところに、超ー可愛い美少女怪盗おしゃべりフクロウちゃんのイラストが入ってるー!」
おしゃべりフクロウは、表紙の端っこのイラストを指さします。
「そのとーり! な、な、なーんとこのプレミア必至のイラストつき! 中もまた、素晴らしいんです! 普通なら、罫線が三十本のところ、今回は、な、な、な、な、な、なんと、三十六本も入っているんです!」
「きゃーっ!」
おしゃべりフクロウは驚いたように飛び上がりました。
「普段ならこの高級ノート、銀貨一枚では三冊しか買えませんが……!」
マイルズはノートを四冊、高くかかげて、みんなを見渡します。
「このツアーのみなさんに限り、銀貨一枚で四冊の特別価格! さらーに!」
マイルズはノートの冊数をさらに増やしました。
「さらに、超ー特別大奉仕! 今なら十二冊お買い上げの方に、三冊を追加プレゼント! えっ? それだけかって? ちっちっち、もちろん! それだけじゃありませんよーっ!」
「わーい!」
と、どこまでもワザとらしいおしゃべりフクロウ。
「マイルズ商会のサービス券! 次回の買い物から、十ポイントにつき銅貨一枚分割引になるこの券を、思い切って十二ポイント分、おつけしちゃうんです!」
「これを買わない手はない!」
おしゃべりフクロウは大きくうなずきました。
しかし。
「……みんなー、次はお城ね」
トリシアはベルから旗を取り戻すと、それを振りながらさっさと移動を開始します。
「あ、ちょっと! 誰か、買っていって!」
「こらーっ! あたしを無視すんなー!」
マイルズとおしゃべりフクロウは、売れ残りのノートを大量に抱えたまま、ツアーのみんなを追いかけました。