また南街区
「はい、おつかれさま!」
南街区の『三本足のアライグマ』亭まで戻ると、トリシアはみんなに言いました。
表の通りは暗くなっていますが、家々の窓には明かりが点り、わいわい騒がしい様子が聞こえてきます。
ちりばめられた宝石のように夜空を彩る星々は、みんなの世界で見られる星よりも近くにあるように感じられます。
「これでだいたい、王都をぜーんぶ見て回った感じかな? 見逃したところもあるかもしれないけど、それはまた次回のお楽しみってことで」
今は『三本足のアライグマ』亭が一番繁盛する時間。
みんなの他にもお客さんがたくさん来ていて、注文を取って回るフィリイもずいぶんと忙しそうです。
「ええとー、ご注文はゴブリンの丸焼きとー、ムカデのピクルスですねー」
メモを取りながら、フィリイは確認しました。
「違うだろ! どこの世界にゴブリン焼いて出す店があるんだよ!? それにムカデのピクルスなんて、あり得ねーだろが!」
さっきから何度も同じ注文を繰り返しているお客が頭を抱えます。
「じゃーあー、……ドラゴンとミミズ?」
「それもない! 羊の香草焼きと、キノコのオリーブオイル漬けだって!」
「もー、可愛ーい看板娘の私と話してたいばっかりに、適当なこと、言わないでくださいねー! フィリイちゃん、プンプンですよー!」
「頼む、一度でいいから間違えずに注文とってくれえー!」
どこをどう間違えると、ゴブリンやドラゴンになるのでしょうか?
……忙しいのは、混んでいるせいだけではなさそうです。
「さあ、夕食だよ! 今日は腕をふるったからね!」
セルマがみんなのテーブルまで料理を運んできました。
みんなといっしょに、後輩三人組やおしゃべりフクロウ一味もテーブルを囲んでいます。
「肉も魚も野菜も! なんでもあるから好きなだけお食べ!」
セルマはテーブルの真ん中に、ドンとシチューの鍋を置きました。
「……キャット、そろそろ城に帰った方がいいんじゃない?」
真っ先にスプーンと皿を手にして立ち上がったキャスリーンを横目で見て、トリシアが鼻の頭にしわを寄せます。
「私ひとりを追い返そうとするんじゃありません!」
キャスリーンはとても王女とは思えない様子で自分の分を皿によそいます。
「遅くなるようでしたら、馬車を呼びますわ!」
「あははは! 今日はあんたらの部屋も用意してあるから安心おし!」
セルマはキャットの肩に手を置いて、みんなを見渡しました。
「もちろん、ツアーのお客さんたちの部屋の準備もできてるよ。二人部屋で、羽根布団もあるからね!」
「……あ、あのさ。あたしもいいの? 美少女怪盗だけど?」
おしゃべりフクロウが、おそるおそるセルマにたずねます。
「ああ? なに遠慮してんのさ? らしくないだろ?」
セルマはポンとおしゃべりフクロウの頭を叩きました。
「では! これからも、ずーっとみんなと楽しく過ごせることを祈って! かんぱーい!」
トリシアはカップを手に立ち上がります。
「また、ざくろのジュースだけどね」
レンはそう笑い、みんなにウインクしました。