弥生三月、卒業生は南からの花の便りと温もりに包まれて数々の思い出を胸に母校を巣立ちます。友や恩師との笑顔と涙の別れの季節であり、また希望に満ちあふれた新たな船出に心踊る季節でもあります。
晴れの日を迎えた子どもたちには、変化の激しい社会環境の中を自分らしく主体的に生きぬき、より豊かな社会づくりに貢献してほしいと願っています。そのためにも、これから歩む道のりの中で、さまざまな体験を積極的に積み、心身ともに健康で自立した、たくましい人間に育ってほしいと思います。
これからの人々が生き抜いていく社会はグローバル化が一層進展し、個人レベル地域レベル国レベルを超えた思考回路や行動力を発揮しなければ、目の前の課題さえも克服できないようなケースも多々生じることでしょう。
稀代の発明家であったエジソンが活躍した時代とは異なり、現代は複雑困難な課題を地球規模でとらえ、その解決に当たっては、チームを組織して課題を解決することが求められています。つまり、課題解決に当たっては「協同」できる精神が一人一人により求められる時代になっていくと考えています。
地球環境の問題一つを考えてみても、持続可能な社会づくりの課題が見えてきます。この課題解決に当たっては「共生」という考えをもとに取り組んでいく必要があります。多様な人や自然とのかかわりを体験する中で、心を合わせ、共に生きる精神力と行動力、思いやりや感謝、尊重の心が求められるように思います。
また、その健全な精神や心を支える基盤はなんと言っても「健康・体力」です。近年、悩みを抱え、いわゆる心の病になってしまう方が増加していると指摘されています。ストレスの多い社会の中で、精神の安定を保つのは大変なことです。
ある健康医療の専門家は、ストレスへの耐性と体力とは大きな相関関係がある力説しておられました。スポーツなどによって足腰や体幹などをしっかり鍛え、体力を強化しておくことで、大きな困難に遭遇しても体力が精神を支え乗り越えることができるのだそうです。
さて、このような難しい社会を生き抜いていく現代人に求められる姿とはどのようなものなのでしょうか。私は、前述した「心身ともに健康で自立した人間」だと考えます。「自立」とはひとりだちということです。他の援助に頼らず、あるいは不当な支配を受け入れず、自分の力で身を立てるということでしょう。
「自立の力」を備えるためには、幼児期からの発達段階に応じて「ひとりだち」の経験をたくさん積んでいくことが必要です。日常よく見かける例を挙げれば、子どもが転んで泣いた場合、毎回すぐに助け起こしていては、子どもは泣けば助けてもらえるものと勘違いします。自立とは、多少の困難さにも負けず自分で乗り切る力であり、分け与えられるものではありません。大人が考えている以上に、子どもたちは日常生活のさまざまな体験を通して多様に且つ深く学習し、自立心を獲得し自信を得ていくものです。
一人一人がそれぞれの成長過程で多くの人に出会い、温もりを感じ、自然の豊かさや厳しさを受け止め、あるいは多様な伝統文化、価値観にふれ、感動や刺激を受けて、自分らしく逞しく成長することを願ってやみません。力強く巣立ち行く子どもたちの前途が輝かしいものであるよう心から祈りエールを送りたいと思います。