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元教育長の子育て歳時記

第6回・秋 実りの秋 子どもの学びを支える土壌づくり 学研教育総合研究所 客員研究員 高橋良祐


(写真提供:学研・写真資料センター)

春夏秋冬の中で、秋は最も日本人の自然観、季節観、人生観など、心を深く揺り動かす季節のように思える。にわか勉強ではあるけれど、秋を表す季語を挙げれば、時候では「文月、仲秋、秋分、夜長」、天文では「名月、天高し、菊日和、鰯雲」、地理や動植物などでは「鈴虫、秋刀魚、紅葉、彼岸花、里芋、葡萄」などなど数えきれぬほど秋を表す言葉を持っている。

今回のコラムでは「食欲の秋」「スポーツの秋」「芸術の秋」「読書の秋」など様々な秋の中から「実りの秋-子どもの学びを支える土壌づくり」と題して考えてみた。

熱心に子どもが学んでいる姿は、だれの目にも微笑ましく、また心地よさを感じさせてくれるものだ。子どもが好きなことを見つけ、物事に興味関心を持つためには、より多様な体験が必要だと私は考えている。そして、社会は子どもの発達段階や個性・感性、興味関心にそった、安全で安定した体験ができる環境を作ることが重要な役割だと確信している。

例年8月末には、文部科学省が実施する全国学力調査の結果が発表され、発表翌日の各紙朝刊はこの記事を大きく扱う。見出しも大きく「学校別成績公表 悩む教委」「学校間格差や過度な競争」「序列化に懸念も」「学テ、下位自治体が改善」「過去問対策で最下位脱出作戦」など主に行政や学校に関するものから「記述で説明力不足」「解答理由を説明できず、答えを導く過程を大切に」「探究型授業ほど好結果」「思考深める指導で正答増える」など指導や学びに関するもの、さらには「携帯・スマホの利用時間が短いほど正答率高い」など子どもの生活や行動に至るまで幅広く報道されている。このように、我が国は平均的な学力についての関心は大変高いが、長期的な子どもの学びを支える環境作りなどの論議や具体策については、取り扱いも少なく、はなはだ心許ないように感じる。

昨年、念願であった東北四大祭りに出かけてみた。ご存じ、青森のねぶた、秋田の竿燈、山形の花笠踊り、仙台の七夕である。それぞれの地域の伝統と文化薫る祭りであり、この行事にかける皆さんの意気込みや準備・運営が素晴らしく十分に堪能できた。中でも、秋田の竿燈は私の心を捉えて放さなかった。

竿燈は、企業や学校などの団体の他、町会ごとに出すことが多いようで、女子はお囃子を男子は竿燈を持ち上げる練習をたくさん積んで技を磨き、本番を迎えるそうだ。このとき目にした光景が忘れられない。竿燈には、年齢や技量にあわせた大若、中若、小若、幼若と4種類ある。竿燈全体を稲穂に、連なる提灯を米俵に見立てた竹竿のバランスをとりながら額や肩、腰の上にのせて技を競う。大若は提灯が46個、重さが50㎏を超えるという。私もふれあいタイムで中若を持たせてもらったがなかなかに大変であった。

竿燈祭り最終日の夕刻早めに会場入りした私は、祭り開始までに時間があることを利用し、近くの町会での竿燈祭りの準備の様子を見て回った。その中で、この地域をあげて豊作を祈る伝統的な祭りの中に、全国学力調査で毎年全国一位を不動のものにしている秋田の子ども達の学力の高さの要因の一つを見つけたように感じた。

祭り本番の緊張した雰囲気の中でも、町内の大人達はチームワークよく大若などの竿燈の支度を入念に行いながら、温かな表情で子ども達のお囃子などの準備などを導いていた。また、子ども達は大人が技の練習を始め手際よく準備する姿に、嬉しくてたまらないといった笑顔とともに、憧れを持っているように感じた。本番では小若や中若の小中学生が大人の方々が次々に繰り出す華麗な技を食い入るように見つめ、その捉えた目線そのままに一生懸命、担当の竿燈で表現していた。また、子ども達が披露する技を手助けしながら、子ども達を見つめる大人の視線の柔らかさ優しさに見とれてしまった。竿燈祭りでは地域の文化と見事な技が大人と子ども達の間で確かに受け継がれていた。

子どもの学力は勉強しなければ伸びないのは当然だが、子どもが勉強するためにはよりよい環境づくりが欠かせない。秋田で見た祭りの様子に、よりよい環境作りのヒントが隠されているように思う。まずは、大人が日頃から子どもを大切にしていること、大人同士が信頼で結ばれ仲がよいこと。その大人が作る社会から子どもは生きるための多くを学ぶ。大人を尊敬し育つ子どもは、安心して生活をすることができる。あくまで、勉強は生活の一部であり、生活の中から勉強だけ取り出して、良くしようと思うのは無理な話である。

秋田の先生達のがんばりも賞賛されている。絶えず児童生徒のことを一番に考え授業研究に努めているときく。その先生達ががんばれるのも学校と保護者・地域との信頼・絆がしっかりと結ばれているからだろうと思う。子どもの学力向上という実りをもたらすためには、地域社会の伝統文化を大切にして安定と安心な町を作るとともに、町づくりを通して人々の信頼・絆を作ることが肝要であり、そのことが子どもの学びを支える土壌づくりになるのだと竿燈祭りに参加して改めて感じた。

★2013年8月、東北四大祭りを巡る旅の「秋田・竿灯祭り」でのスナップ写真。祭りに参加をする子どもたちの表情は、みんな素直で明るい。伝統文化を大切にする地域社会は、子どもたちにもいい影響を与えているようだ。(写真提供:髙橋良祐客員研究員)

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高橋 良祐(たかはし りょうすけ) 1953年栃木県生まれ 学研特別顧問、学研教育総合研究所客員研究員
高橋 良祐

東京学芸大学教育学部数学科卒業後、小学校教諭に。東村山市立秋津東小学校、世田谷区立東大原小学校を経て、町田市立鶴川第三小学校の教頭に。その後、中央区教育委員会・指導主事、港区教育委員会・指導室長、東村山市立化成小学校校長職を経て、港区教育委員会の教育長に就任。教職経験を生かし、ICTや英語教育、国際学級など、教育改革に取り組む。2012年10月に退職。

2013年4月から、学研ホールディングスの特別顧問、学研教育総合研究所の客員研究員に就任。豊富な経験から適切なアドバイスなどを発信している。

おもな著書(共著):
「新しい授業算数Q&A」(日本書籍)
「個人差に応じる算数指導」(東洋館出版)

写真撮影:清水紘子 (イメージ写真を除く)

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