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角替弘規(桐蔭横浜大学教授)
ここまでの分析においては、保護者の学歴の高低は、その子どもの理科の選好傾向に大きな影響を与えているとは明確に言い難かった。ただし、「好き嫌い」ではなく「成績」に対しては学歴の高い保護者の方が成績が良いと判断している傾向がみられた。また、日頃の子どもの理科的な活動や、保護者が子どもと一緒に行う事柄についても、いくつかの例外は見られるものの、保護者の学歴が高い方が理科に対するより積極的な構えや行動が見受けられた。
では、こうしたことをもって単純に学歴が高い保護者の子どもほど理科に対して積極的なのだと結論付けてもよいのだろうか。保護者の学歴取得は保護者の育ってきた様々な環境によって規定されるものであり、保護者の最終学歴が高ければ、子どもも理科好きが多くなるという結論はやや単純に過ぎるように思われる。むしろ保護者がこれまでの学校教育においてどのようなカリキュラムのもとで学んできたのかということもまた、子どもの理科への構えの形成や、日頃の保護者の教育的コミットメントの在り方に影響を与えるのではないだろうか。そこで、以下では、保護者の学歴ではなく、保護者が高校以降においてどのような教育を受けていたのかに着目しながら子どもの理科の選好傾向を見ていこう。
図1-7は子どもの理科の好き嫌いを保護者の理系・非理系別にまとめたものである。これまでの分析と同様、理科が「好き」だとする回答の割合は全体的に高いことが認められるが、特に、父母ともに理系の組み合わせの子どもは他の組み合わせの保護者の子どもに比べて理科が「とても好き」とする傾向が非常に強く見受けられる(31.9%)。父母どちらも理系ではない保護者の子どもが20%を下回るのと対照的である。
図1-7 あなたのお子さんは理科が好きですか(保護者の理系・非理系別・%)
また、図1-8は子どもの理科の成績についてまとめたものである。これも図1-7と同様の傾向がみられる。すなわち、両親ともに理系である組み合わせの方が理科の成績が「良い」と答える割合が高くなっている。特に「とても良い」と回答している割合は、両親ともに理系の場合3割を超える。同時に「まったく良くない」と回答する者が0%であることも一つの特徴である。
図1-8 あなたのお子さんの理科の成績は学校のテストの点数や通知表から見てどれくらいですか(保護者の理系・非理系別・%)
図1-9は保護者の理系・非理系の組み合わせごとに子どもの理科活動度をまとめたものである。保護者共に理系である場合には、その子どもの半数以上において理科活動度が高く、日常的に理科的な活動が活発に行われていることがうかがえる。
図1-9 子どもの理科活動度(保護者の理系・非理系別・%)
また、図1-10は保護者が子どもと一緒に行うことについて比較検討したものである。ほとんどすべての項目において父母ともに理系である保護者の方が「よくする」「時々する」と回答している割合がかなり高くなる傾向を認めることができる。中でも、特に「よくする」と回答した者の割合において2倍前後の差がみられる項目は「理科や科学的なことに関する講座・講習会に参加すること」、「理科や科学に関する本や絵本を読んだり読んだ本の内容を話し合ったりすること」、「工作すること」、「動物や植物、昆虫の世話をすること」、「動物園や植物園、科学博物館などに行くこと」、「自然の多いところで遊んだり、散歩したりすること」、「ものづくりの現場を見に行くこと」、「環境問題について話をすること」、「子どもの疑問や質問について、図鑑や事典、辞書を使って調べる」といった項目である。
これらの中でも「講座や講習会に参加する」「本で調べたり話し合ったりする」「動物の世話をする」「工作する」といった行動は、保護者の側にも理科的科学的知識が求められると思われる。また、「工作すること」については保護者の最終学歴別の比較の中では、それほど大きな差は見受けられなかった項目であったが、保護者が理系かどうかという比較では比較的大きな差が見受けられた。すなわち、子どもへの理科的なコミットメントの在り方に影響を与えるのは、保護者の学歴の高さよりも、どのような質の教育を受けてきたのかというところによるところが大きいと考えることができるのではないだろうか。
図1-10 子どもと一緒にすること(保護者の理系・非理系別・%)
これまで見てきたとおり、保護者の最終学歴が高いか低いかというよりも保護者が理系であるのか理系ではなかったのかという、いわばこれまで受けてきた教育の在り方に着目した場合の方が、大きく違いがみられた。つまり、子どもが理科好きであるか、理科的な活動に関心を示すかどうかということは、親の教育経験とそれに基づく子どもへのコミットメントの在り方によるところが大きいと見ることができるのではないだろうか。
子どもが学校で教科としての理科を学び、それを家庭に持ち帰り保護者に語りかけたとき、保護者はそれらに対してどのような意味づけをし、子どもにもう一度語りかけるだろうか。その際に、保護者がどのような観点から理科的なあるいは科学的な知識をベースに、日常経験としての「理科」を子どもに体験させてあげることができるだろうか。こうした日常生活の中での保護者と子どものインタラクション(interaction)の中で、学校で学ぶ教科としての「理科」が生きた経験としての「理科」へと転換され、それらの集積が理科的な学力へと結晶していくのではないだろうか。
こう考えたときに、保護者のこれまでの教育経験や学校での経験は非常に大きな意味を持つものと思われる。単純に最終学歴が高ければ理科好きな子どもが多くなるとか、理系の保護者だから子どもも理科好き(理系)というのではなく、理科的な、あるいは科学的な視点をいかに子供に提供しているかという観点において、高学歴であるとか理系であるという保護者の方がそうした立場をとりやすいということになるのだろう。