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角替弘規(桐蔭横浜大学教授)
最後に、保護者がこれまで受けてきた教育の経験が、子どもの「理科好き」にどのように影響していると見ることができるか、考察してみよう。前節の分析においても、子どもの「理科好き」は世帯年収の多寡によって左右されるわけではないことが判明している。ただ、理科の「成績」に着目すれば、経済的に恵まれた家庭の子どもの方が「良い成績」を取っている傾向がみられたことは、子どもに対する保護者の教育的なコミットメントが何らかの影響を与えている可能性があると考えられる。では、子どもに対する教育的コミットメントに違いをもたらす要因は何であろうか。
筆者はその一つに保護者がこれまでどのような教育を受けてきたのかということが大きく影響を与えているのではないかと考えた。一つには教育を受けてきた期間である。その保護者がどの学校段階まで教育を受けてきているか、最終学歴に対する回答から、父母それぞれの最終学歴の組み合わせ(父母どちらも大卒以上、父母のどちらかが大卒以上、父母のどちらも大卒未満)ごとにまとめ、子どもの理科の選好傾向と子どもの理科的活動の違いや子どもと一緒に行っている事柄について比較を試みた。
今一つは、質的な違いである。保護者が高校教育以降、いわゆる「理系」とされる理数系を中心としたカリキュラムの教育を受けてきているのか、いないのかという経験の違いが、子どもの教育、特に理科的な部分において何らかの影響を与えているのではないかと考え、比較検討を試みた。これも最終学歴の場合と同様に父母の組み合わせによってまとめ(父母どちらも理系、父母どちらかが理系、父母のどちらも非理系)、比較検討を行った。
図1-3は保護者の最終学歴別に、子どもの「理科好き」がどのような割合となっているかを比較しまとめたものである。これによれば、自分の子どもが理科を「とても好き」または「まあ好き」と見ている保護者はいずれの学歴においても7割以上が該当している。ただし、父母ともに大卒である場合に若干「好き」と答える者が多いようである。
さらに、「とても好き」という回答のみに限ってみた場合、父母ともに大卒の方が他の組み合わせよりも高い値を示している(25.1%)。逆に保護者が「どちらも非大卒」の場合には「とても好き」とする回答が2割をわずかに下回っている(19.9%)。これまでの分析にも共通するように、子どもの「理科好き」の判断を保護者による主観に委ねていることの限界もあるが、「とても好き」と「まあ好き」との間に横たわる差異は、それほど小さくないと筆者は考える。その意味で、保護者の最終学歴が高い家庭において理科を「とても好き」とする子供の割合が多いことは興味深い。
図1-3 あなたのお子さんは理科が好きですか(保護者の最終学歴別・%)
次に子どもの理科の成績について見てみよう。これまでどおり、「成績」についてはあくまでも保護者が学校の成績などから判断した主観的な判断であり、客観的な指標によるものではないことをあらかじめ断っておく。
保護者の学歴別に子どもの理科の成績についてまとめたのが図1-4である。これによれば、父母どちらも大卒以上の子どもの方が、他の組み合わせよりも成績が高いことが示されている。特に「とても良い」と回答している保護者の割合は、父母どちらかが大卒の組み合わせ、あるいは父母どちらもが非大卒の子どもよりも10%以上高い値を示している。また逆に、「あまり良くない」という回答については、「どちらも大卒」<「どちらかが大卒」<「どちらも非大卒」の順でその割合を増している。
子どもの「理科好き」については、「とても好き」という回答に限ってみれば保護者の学歴が高い方が割合が高くなっていたが、「好きかどうか」という全体的な傾向を見れば、保護者の学歴による違いに関わらず全般的にどの子どもも「理科が好き」という傾向がみられた。一方、成績に関しては、保護者の学歴によって「好き嫌い」よりも大きな違いがあることが分かった。確かに全般的に子どもの理科の成績は7割以上が「良い」成績を取っていることがうかがえる。しかし、「とても良い」と回答しているのは学歴の高い保護者の家庭において割合を増していて、どちらも非大卒の家庭の回答と比べると10ポイント以上の違いがみられることには注目しておく必要があるだろう。
図1-4 あなたのお子さんの理科の成績は学校のテストの点数や通知表から見てどれくらいですか(保護者の最終学歴別・%)
ここまで見てきたような子どもの理科好きの傾向の違い、そして子どもの理科の成績の違いの背後にはどのようなものが影響しているのだろうか。一つには子どもが日頃どのような理科的な活動に関わっているかということが考えられるだろう。これについても保護者の最終学歴別に比較検討を試みた。その結果を図1-5としてまとめた。
これによれば、「父母どちらも大卒」の子どもは、他の組み合わせの子どもに比べて理科活動度が高い子どもの割合が極めて高い。その他の組み合わせが3割強を示しているのに対して、父母どちらも大卒者という家庭の子どもは実に半数近くが活動度が高い群に属しているのである。日頃、理科と関係しているような活動に親しんでいる子どもであれば、理科が好きであり、また理科の成績も良くなることは、ある意味必然とも言えよう。
図1-5 子どもの理科活動度(保護者の最終学歴別・%)
このように、保護者の最終学歴が高い家庭の子どもほど、理科活動得点が高くなる傾向が見受けられたが、保護者の子どもへの関わり合いについて見るとどのような違いがみられるのであろうか。図1-6は保護者の学歴別に「子供と一緒にすること」をまとめたものである。
これらの項目の中であまり大きな差がみられなかったのは、「料理やお菓子を作ること」であった。どの最終学歴の組み合わせにおいても7割前後の肯定的回答を示しており、中でも最も肯定の割合が多かったのは、父母ともに大卒未満の組み合わせであった。また、「工作すること」も、すべての組み合わせにおいて4割前後の肯定的回答が見られ、顕著な差が見られなかった。あえて指摘すれば、父母どちらも非大卒の組み合わせにおいて肯定的回答が増す傾向が見られる。
これら3つの項目以外では10%以上の差を示す項目が散見される。中でも最も大きな違いを示したのが、「一緒に理科や科学的なことに関する講座・講習会に参加すること」で、父母どちらも大卒以上である場合には30%近くの者が肯定的な回答を示している(29.3%)。これは父母どちらも非大卒の場合の回答(14.0%)の2倍以上の値となっている。もっとも、「よくする」という回答に限ってみれば、父母どちらも大卒者の場合が最も低い値を示していることには注意する必要があるだろう。
その次に大きな違いが見られたのは「食品工場や自動車工場、整備工場などものづくりの現場を見に行くこと」で、父母どちらも大卒の場合は36.5%、父母どちらも非大卒の場合には23.1%で、13.4ポイントの差が見られた。以下、ポイント差の大きい順に見れば、「自然災害や自然破壊、エネルギー問題といった環境問題について話をすること」(11.9ポイント差)、「動物や植物、昆虫の世話をすること」(11.7ポイント差)、「理科や科学に関する本や絵本を読んだり、読んだ本の内容を話し合ったりすること」(11.6ポイント差)、「子どもの疑問や質問について、図鑑や事典、辞書で調べること」(11.1ポイント差)、「動物園や植物園、科学博物館などに行くこと」(10.0ポイント差)といった項目が並ぶ。いずれについても保護者の最終学歴が高いほど、「一緒に行う」とする回答の割合が高い。こうした行為に共通していると思われるのは、単に保護者が子どもの傍らにいるだけでなく、子どもに対してもう一歩踏み込んだ何らかの働きかけを伴う可能性が高いということである。例えば、親子で工場を見学に行けば、それぞれの感想を話し合う機会も必然的に多くなるだろう。環境問題について話し合うという行為も、「話し合う」という行為自体は単に傍らにいるということよりもより緊密な関係を取り持っていることを示していると考えられる。動物の世話をするにしても、読んだ本の内容を話し合うにせよ、これらの行為を一つのきっかけとして保護者と子どもの間に、より密接なコミュニケーションが存在すると考えることができるのである。
こうしたことを踏まえると、「子どもの疑問や質問について、インターネットを使って調べること」は、どの学歴の組み合わせにおいても8割以上が「する」と回答しており、その差も3.3ポイントと、ほとんど差が見受けられないほどポピュラーな行為であると言える。子どもの疑問にネットを用いて親子で調べる、という行為は極めて日常的に見られる行為だと推測できる。しかし、そこから一歩踏み込んで、本を調べてみたり、話し合ったりという、いわば「もうひと手間」かけた行為になると、保護者の最終学歴別ではやや大きな差異が見受けられるということになる。
このことは、単に保護者の最終学歴が、子どもへのコミットメントの在り方に影響を与えているというよりも、子どもに対して何らかの教育的コミットメントを行うこと自体が一定の文化的な価値に支えられた行為であり、それらに対する意識の持ち方が保護者によって異なっていると仮定することが可能ではないだろうか。理科という教科の学習に関して、それが直接的であれ間接的であれ、子どもに何らかのコミットメントをすること自体に一定の価値を見出している保護者が、結果的に最終学歴の高い保護者に多く見られると考えることができるだろう。
図1-6 子どもと一緒にすること(保護者の最終学歴別・「よくする」「ときどきする」の%)