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角替弘規(桐蔭横浜大学教授)
表1-12及び表1-13は、保護者が子どもと一緒にすることについて、「する」と回答した割合の多い項目順にまとめたものである。特にここでは世帯年収が400万円未満の家庭と800万円以上の家庭だけを取り上げている。
表1-12 お子さんと一緒にすること(世帯年収400万円未満(N=199))
*「よくする」と「ときどきする」の合計の割合の多い順
表1-13 お子さんと一緒にすること(世帯年収800万円以上(N=158))
*「よくする」と「ときどきする」の合計の割合の多い順
この二つの表を比較した場合、次のようなことが指摘できる。一つには、すべての項目を総じて比較した場合に、世帯年収400万未満の家庭よりも800万円以上の家庭の方が子どもと一緒に何かを「する」と回答している割合が高くなっているということである。例えば、400万未満の家庭では「子どもと一緒に自然の多いところで遊んだり、散歩したりすること」が56.3%で第4位に位置している。この項目について、800万円以上の家庭では59.5%が「する」と回答し、400万円未満の家庭よりも肯定している割合が高いにもかかわらずその順位は第7位となっている。「子どもの疑問や質問について、インターネットを使って子ども一緒に調べること」については両者ともに8割以上が肯定している。また、「子どもと一緒に料理やお菓子を作る」といった項目についても、両者ともに約7割の家庭が肯定している。しかし400万円未満の家庭の方が項目全体に渡って「する」と答える割合の散らばりが大きくなっている。逆に800万円以上の家庭においてはその散らばりが小さくなっている。すなわち、世帯年収の高い家庭のほうが保護者の子どもに対するコミットメントが強い可能性を指摘できる。
二つ目に、特に「理科」への関連が強いと思われる項目について、400万円未満の家庭よりも800万円以上の家庭の方が子ども一緒に「する」と回答している割合が高くなっているということである。先にも取り上げた「子どもと一緒に自然の多いこところで遊んだり、散歩したりすること」といった項目については、両者ともに5割以上が肯定している。しかしながら「自然災害や自然破壊、エネルギー問題といった環境問題について子ども一緒に話をすること」についてみると、400万円未満の家庭では45.8%で7位である一方、800万円以上では68.1%で4位とかなり高い割合を示している。この項目ほどの違いは見られないものの、「テレビで科学や理科に関わる番組を子どもと一緒に見ること」や「子どもと一緒に動物園や植物園、科学博物館などに行くこと」についても、800万円以上の家庭の方が子どもと一緒に「する」と答えた割合が高くなっている。特に、「食品工場や自動車工場、整備工場など、モノづくりの現場を子どもと一緒に見に行くこと」、「子どもと一緒に理科や科学的なことに関する講座・講習会に参加すること」の2項目については800万円以上の家庭ではいずれもほぼ3割の家庭が「する」と回答している一方で、400万円未満の家庭ではいずれも2割に達していない。これらの項目はいずれも順位としては低位に位置づくが、その内容からして非常に理科や科学により直接かかわる活動であり、こうした活動に保護者が子どもと一緒にするかどうかということは、理科に対する子どもの動機づけに大きな影響があると見ることができるだろう。
これらと関連して、保護者が理科に対してどのような意識を持っているのかについて触れておこう。表1-14は、理科についてのいくつかのイメージについて世帯年収別にまとめたものである。
表1-14 理科に対するイメージ:「役に立つ」(世帯年収別)
表1-15 理科に対するイメージ:「おもしろい」(世帯年収別)
表1-16 理科に対するイメージ:「出世に関係する」(世帯年収別)
表1-17 理科に対するイメージ:「もうかる」(世帯年収別)
表1-18 理科に対するイメージ:「受験に必要なものである」(世帯年収別)
表1-19 理科に対するイメージ:「生活が豊かになる」(世帯年収別)
まず理科について「役に立つ」と思うかどうかについて尋ねた結果についてみてみよう(表1-14)。ここに示されるとおり、いずれの年収区分においてもほぼ9割以上の保護者が「そう思う」と回答している。また理科に対して「おもしろい」と思うかどうかについて尋ねたところ(表1-15)やはりいずれの収入区分においてもおよそ9割前後のものが「そう思う」と回答している。これらのことから、家庭の経済的な状況に関わらず、理科に対する肯定的なイメージや有用感は持たれていることが分かる。
こうした肯定的なイメージや有用感はどのような意識と関連しているのだろうか。例えば、理科に対してそれが「出世に役に立つ」ように思うかどうかについて見てみると(表1-16)、いずれの区分においても25%前後の保護者が「そう思う」と回答しているにとどまっている。むしろ世帯年収の低い家庭において「出世に関係する」と見ている回答が若干多い結果を示している点は興味深い。また、これと関連して理科に対して「もうかる」というイメージがあるかどうかについては(表1-17)、世帯年収が400万円未満の家庭では10%強、それ以上の区分においては20%前後が「そう思う」と回答しているに過ぎなかった。つまり、理科が学校を卒業したのちの将来に役に立つとか、それが将来の経済的な収入に関連するという文脈においてそれが「役に立つ」あるいは「おもしろい」ととらえているわけではなさそうである。
一方で、理科に対して「受験に必要なものである」というイメージを持っている保護者は、世帯年収400万円未満の家庭では約66%であるのに対して、400万円以上600万円未満の家庭と600万円以上800万円未満の家庭では約72%、世帯年収が800万円以上の家庭では約78%と、世帯年収が増すほど理科を「受験に必要なもの」という認識を示す保護者の割合が高くなっていることを示している。すなわち、保護者にとって子どもの理科の学習は、「受験」に象徴される進学というごく近い将来子どもが通過する事柄に対して「役に立つ」こととして認識されており、そうとらえる保護者の割合は世帯年収が多い家庭ほど多いと指摘できるだろう。
さらに、理科のイメージを「生活が豊かになる」ととらえている保護者は(表1-19)、世帯年収が400万円未満の場合「そう思う」とする割合が5割に達していない一方で、世帯年収が増すごとにその割合は増えており、800万円以上の場合には7割以上が「そう思う」と回答するに至っている。質問において「生活が豊かになる」ということの内実を具体的に示しているわけではないが、理科的な知識が生活の質を高めるうえで有用であると捉える認識が、世帯年収の違いによって大きく異なっていることは留意する必要があると思われる。
ここまでの分析を通して明らかになったのは、子どもの理科の選好傾向に対して世帯年収の多寡が非常に強い影響を及ぼしているとは断定できないということである。どの年収区分においても子どもの大多数は理科が好きであり、一定程度の割合で理科的な活動にかかわっていた。
しかしながら、理科の成績については、経済的な状況に恵まれた家庭の子どもの方が「良い」の割合が高く見られた。ここに象徴されるように、経済的に恵まれた家庭の保護者の方が子どもに対する教育的なコミットメントが多いと推測される。それは日常的に子どもとどのような関わり合いを持っているかということを尋ねた結果にも示されているところである。さらに、理科という科目に対して、それを教育達成を図るうえで戦略的に意味づけその重要性をとらえようとする認識も、経済的に恵まれた家庭の保護者の方が強いと思われる。
理科や科学に対する関心や好奇心が子どもたちに一様にあるとするならば、それらを学業の成果(教育達成)として変換しうるかどうかは、保護者の価値観やそれにも基づく働きかけの違いによるところが大きいと考えることができる。世帯年収という指標は、こうした保護者の価値観の違いを推し量る一つの目安としてどの程度の妥当性を持つかについては、より詳しい検討が求められるだろう。