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渡辺恵(明治学院大学非常勤講師)
理数教育を充実させ、理科に対する子どもの関心や意欲を高め、次代の科学技術を担う人材を育てることが新学習指導要領のねらいのひとつとして掲げられている。つまり、学校教育における理科の重みがこれまでよりも増したと言えよう。こうした状況において、家庭における理科に関わる取り組みが積極的に行われれば、理科・科学に関わる子どもの経験が豊富になり、理科への親しみやすさが増すと考えられる。また、そうした経験の豊富さは、理科・科学の概念を理解する助けになるのではないだろうか。
では、小学6年生の子どもがいる保護者は、実際に、理科に対する子どもの興味・関心を育てることに、どのような構えでいるのだろうか。本章では、家庭における理科的な活動に関わる取り組みに焦点をあてつつ、子どもの教育に対する保護者の構えを検討してきた。その際、どのような特性を持つ家庭が理科的な活動経験を子どもに与えることに熱心なのかも探ってみた。
そもそも、理科に対する保護者のイメージはどのようなものなのだろうか。この点に関しては、回答者の多くが理科に対して肯定的イメージを抱いていることがわかった。なかでも、生活において役立つものというイメージが強く、理科そのものにおもしろさを感じているようでもあった。子どもが理科に興味・関心を抱くことに肯定的に受けとめる保護者が多いと思われる。
実際に、調査結果から、ほとんどの家庭において、子どもが理科や科学的なことに興味・関心を持った際には、一緒に付き合ったり理解を示したりする大人がいることが見て取れた。ただし、子どもの興味・関心を家族ぐるみで受けとめるかどうかは、家庭的特性による影響が見て取れた。また、理科や科学に関わる活動は、「積極的に」という水準ではないが、どの家庭でも日頃からある程度行われている様子が窺えた。特に、理科や科学に関わる番組の視聴や、科学博物館・動物園などに行くことなど、理科や科学に関わる知識・情報が得られるような活動は比較的取り組まれやすいようであった。それに対して、生き物の世話やもの作りなど、理科における観察・実験的な活動に関しては、家庭での取り組みはどちらかといえば少ないようであった。観察や実験的な活動は、家庭で取り組むには難しさがあるのかもしれない。
理科・科学に関わる子どもの興味・関心を育てることに熱心な家庭の特性には、保護者の「理系分野」の専攻経験や「文化的資源」の豊かさが関わっていることが確認できた。どちらも、「理科」に対する価値づけが高く、そのためか、理科に対する子どもの興味・関心を高めることにより熱心な構えが窺えた。特に、「文化的資源」の多い家庭は、理科に関わる子どもの興味・関心に対して家族ぐるみで関わる傾向や理科や科学に関わる活動に積極的に取り組む傾向が強かった。この点で、理系分野の専攻経験以上に、「文化的資源」を豊かに保有していることが、子どもの理科・科学に関わる活動を家庭で実施するかどうかの原動力となっていると思われる。
また、理科に対する子どもの興味・関心を育てることに関しては、家庭の教育方針による影響も強く窺えた。家庭における理科・科学に関わる活動の取り組みに関していえば、「多様な活動経験重視志向」の教育方針の影響が他の特性に比べ、もっとも強いと言える。ただ、教育方針をみた場合、そのねらいが、「理科が好きになること」や「子どもが将来理系分野に進むこと」にあるかどうかは疑問の余地がある。「学習関与志向」と「多様な活動経験重視志向」の2つの教育方針では、どちらも理科的な活動が積極的に行われていたが、理科に関わる活動の位置づけや保護者の構えは異なっているように思われる。具体的に言えば、次のようである。「学習関与重視志向」では、その志向が強いほど、家庭で取り組む理科や科学に関わる活動のうち、理科・科学に関わる知識・情報を獲得するような活動に力を入れていた。また、将来理系分野を専攻してほしいと考える家庭も多くなる。この点で、「学習関与重視志向」が強い家庭では、理科の学力を伸ばすことに関心があると推察される。
それに対して、「多様な活動経験重視志向」の教育方針では、その志向が高いほど、どちらかといえば、体験的な活動に取り組む傾向が強まる。かつ、子どもに望む専攻分野について言えば、「多様な活動経験重視志向」が高い家庭では、必ずしも理系志向に傾いているわけではなかった。この教育方針をとる家庭では、理科的な活動への取り組みは、あくまでも子どもの興味・関心を多面的に伸ばし、子どもの可能性を広げるための手段として位置づいているのではないだろうか。
以上のように、全体的にみれば、子どもの理科的な活動に、保護者はそれなりに関心を持ち、対応していると言えよう。しかし、理科的な活動に対する取り組みの熱心さやそのねらいは、保護者の教育方針や家庭の「文化的資源」にかなり依存していた。この点は、次のような問題を生じさせやすいと思われる。たとえば、「学習関与志向」が弱い家庭では、子どもが理科に関わる興味・関心を芽生えさせたとしても、理科に関わる保護者の知識や物的なものが不足しているなどの理由から、家族のなかでは、子どもの興味・関心を受けとめきれない状況が起こりやすい様子であった。つまり、家族内で、理科に関わる子どもの興味・関心を育てることの限界がそこには見られる。それだけではなく、「文化的資源」の多さに関しては、家庭における理科に対する関わりの差異となっていた。それは、ともすれば、学校教育における「理科」の成績の格差や、将来における「理系」専攻を通じた子どもの教育達成や社会的地位における格差につながる恐れがでてこよう。これらの点は、家庭での理科に関わる取り組みを推奨する際には、留意する必要があろう。